死亡者90人以上

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死亡人数90人以上。


先日の鉄道事故の犠牲者の数ではない。


現在の日本での1日あたりの自殺者数である。

年間3万数千人が自分の意思で「死」というものを選択している。

年間3万人以上である。
日本国内の殺人事件被害者は年間約700人。その42倍。
国内の交通事故の犠牲者数は約9000人。その3倍。
神戸の街を蹂躙した阪神大震災犠牲者数は約6500人。その5倍。

昨今、町村合併が盛んだが、その目安が人口3万に達することがある。

つまり、現在の日本ではJR史上最悪の事故の犠牲者とほぼ同数の人間が毎日自殺し、
1年間に1つの市がまるごと全滅していることになる。

例えば山梨県の富士山の麓、大月市。この町の人口は約3万人。
この街が、毎年消滅していることになる。

なんという恐ろしいことだろう。

古くは太宰治、戦後なら三島由紀夫、近年では江藤淳。
アイドルが自殺したあとに、子供たちが後追い自殺して問題になったことも多い。

自殺を一度も考えなかった人は、恐らくきっと幸せな人だろう。
気付いていなくとも、とても幸せだと思う。

私は高校のときに、後輩を一人自殺で失っている。
中学の時、共に考古学クラブで土器を作ったり、発掘に出かけた。
明るくひょうきんな少年だった。

中等部から高等部に進み、ある日彼がいなくなったことを知らされた。

外部受験を望み、受験勉強に励んでいた彼が、首をくくって死んだことを知らされた。

校門にはマスコミが集まり、教師はマスコミに答えないようにと指示した。

問題が消え去るのを待ち、原因を追求する姿勢は無かった。

蓋をして、大人も子供もみんなが事実から逃げ出した。


自殺したいと思うものに、
「生きていればいいことがある」「望みを捨てるな」と言うのは、簡単かもしれないが、
その言葉に責任を持てる者がどれほどいるだろう・・。

もし誰かに死んでしまいたいと打ち明けられた時、
理屈ではなく、その人を納得させて再び歩ませる言葉をもつ人はどれほどいるのか。

「なんで死を選んではいけないのか?」と問われた時、
なんと言えばいいのだろうか・・・。

絶望を瞳に宿す人間に、愛や希望を説いたとして、
一体何を変えられると言うのだろう・・。

私には彼らにかけるべき言葉が無い。
彼らに灯をともす言葉を知らない。

出来ることは、話を聞き、共に泣いてやることぐらいだ。
それが一体なにになるのかは、私にもわからない。


2005年。
皆が携帯電話を持ち、ボタンひとつで人につながる。
テレビではタレントが舌鼓を打ち、明るい笑顔を晒し、
街角では着飾った男女が愛を語り、
ネットでは私のように意味のない言葉を並べ、無知をさらけ出す。

後輩を自殺によって失って20年。
私には彼に指し示すべきだったものが、何かということがわからない。



中等部卒業の際、後輩が書いてくれた寄せ書きに彼の言葉が残っている。



「これからも○○さんらしく、明るく頑張って下さい!!」


馬鹿野郎!
おまえがその言葉を投げかけるべきだったのは、俺ではなくおまえ自身だ!
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