歴史認識について

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やぁ、皆さん、こんばんわ。

友人が電話をくれましたが、大阪の中国領事館前で焼身自殺を図ったのは、
私ではありません。生きてます。ご安心を・・。

自分に火をつけた彼の心情は察しますが、私はあんなことしません。
私なら上海の反日デモ5万人のど真ん中で「私は日本人だ!!」と叫んで、
中国国旗を焼きます。
当然なぶり殺しにあうでしょうが、同胞が惨殺される姿を見れば、
日本人も真実に気がつくことでしょう。

家族も無く、靖国に入れると保障してくれるのであれば・・(-_☆)キラリ



さて、今夜は我々日本人の我々の歴史に対する認識について書きたい。

私の出身校は玉川学園である。
同窓には東条英機の親族がいた。
学生なりに感じるものがあった。

結果から言おう。

東条英機は有罪である。

但し、彼の有罪は「日本国民」に対してのみだ。
決して戦争犯罪としての有罪ではない。

つまり、日本の政治・外交に失敗し、国民を戦後の塗炭の苦しみに落としたことは有罪かも知れぬ。
だが、一方的に戦争責任を押し付けられる犯罪者ではない。

彼が有罪であるならば、ルーズベルトも、トルーマンも、毛沢東も、
ホー・チン・ミンも、金日成も、スターリンも、チャーチルも有罪だ。

東京裁判は戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた茶番でしかない。


一方で戦争は憎しみ合いであるゆえに、対戦国に彼が憎まれ、
疎まれ蔑まれるのは理解できる。

だが、何故同胞である日本人にまで戦犯と呼ばれ、
60年経った今でも蔑まれ続けるのだろうか・・。

言っておくが、当時の時代背景・国際情勢は現在とかけ離れている。

欧米列強の植民地化されていないのは、日本とタイだけだ。

そのような状況下で、結果的に失敗し敗戦したからといって、
彼ら先人の行為を我々日本人が貶めていいのだろうか・・。

勿論、犯罪を犯した軍人もいたろう。利権に群がる政治家もいたろう。
それらは必ずいたに違いない。

だが、それら一部の人間の為に、国の為に戦い死んだ人間を侮辱するのは納得できない。

国のためと言う言葉を使ったが、それは国家元首のためということではない。

自分が戦地に趣くことで、日本人の犠牲を減らし、
ひいては妻の為、子供の為、妹の為、母の為だ。

戦死した人間に対して鞭打つのは、
子供を守ろうとして結果的に暴力を振るってしまった父親に「この犯罪者!!」と蔑むに等しい。


哀しいことだが、戦後日本では左翼や朝日新聞、日教組のような組織の思惑が成功している。

中国の反日教育は愛国心の育てる為のプロパガンダとして利用されている。

ある意味、愛国心の欠片も無い現在の日本人の姿を見るにつけ、
彼らのしたたかさを感じ、日本の教育に情けなさを感じる。


最後に付け加える。

私は靖国に眠る人々を褒め称えよと言っているのではない。
賞賛して崇め奉れとも思わない。

ただ同じ日本人として、我々の未来の為と信じ死んでいった先人たちを
侮辱するなと言いたいだけだ。

この私の考えを「右翼的だ」いう者がいるならば、
私はその呼び名を甘んじて受ける。

ただ言わせてもらうなら、我々はある日突然出現したのではない。
長い歴史の中で曽祖父・祖父・父と受け継がれたものだ。
彼らを侮辱する事は100年後の自らの立場に唾することに他ならない。
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