不倫

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本日の日記、長くなるかもしれない・・。

私の一番の友人が悩んでいる。

原因は知人の不倫である・・。

私の友人は知人に不倫を打ち明けられ、そのことについて考え込んでいる。

その不倫についても詳細も聞いたが、私としては興味が無い。
その不倫だけにでなく、不倫そのものに興味もなく、同情もなく、共感も無い。

先に言っておくが、私は私自身の友人が不倫をして、
「辛い、苦しい、彼女が旦那に抱かれることを考えると死んでしまいたい」と、
私に告白した時に、「なら、腹を切れ」と言い放つ人間である。

不倫が楽しくてたまらない方は、読むのはここまでにしたほうがよい。

1年程前の日記にも書いたが、不倫と言う行為そのものを認めていない。

「不倫」の倫の字は「人の道」という意味だ。不は当然否定の意味。
つまり、不倫とは「人間の歩く道ではない」という意味だ。

人の歩く道でないところを進むのは、人間ではない。

私は人間が好きだし、動物も好きだが、畜生道に落ちた者に共感などしない。

不倫をしている人達は異口同音に「苦しい、哀しい」と口にする。
私に言わせれば、言語道断・笑止千万だ。
彼らは自分から不倫に踏み込み苦しいと言うが、
相手の家庭の人々にすれば、ある日突然正当な理由もなく家族の心を奪われると言う苦しさを、
無理やりに持たされる。

彼らはこの事を忘れ、自分を悲劇のヒロインに祀り上げる。

それは何故か?

そもそも日本では、不倫と言うもの自体の歴史が浅い。
江戸時代、不義密通は発覚すれば死罪であったし、相手の伴侶に殺されても文句は言えない。
場合によっては家名断絶だ。
姦通罪は1947年まで適用されていた。ほんの60年前だ。
歴史が浅いのだ・・。

日本人の女性は1度男と寝てしまえば、まるで自分そのものを相手に明渡したように、
安易に相手に寄りかかる傾向がまだまだある。
男性も抱いてしまうと、手のひらを返したように女性を所有物のように勘違いする。

割り切ることが出来ないから、セックスしてしまえばすぐに熱中してしまう。

君らは高校生か・・。

どちらも不倫相手に本気で恋をしているように錯覚し、不倫と家庭を両立できずに、崩壊していく。

夫に対する物足りなさとか、生活の甲斐の無さとか、育児のストレスからの逃避として、
軽はずみにそういうことになった時でも、
まるではじめから惚れ抜いていたかのように錯覚する者が多い。

「自分に隙があったかもしれない」
「しまった・・酔っていたから失敗してしまった・・」
等と自分のマイナス行動を認めることはプライドが許さないのだろう。

そんな独善的な被害者意識をもつよりも、
「こんなことをしでかして申し訳ない。
夫や妻の批判など、どのつらさげてできるだろうか」と反省するのが、
大人というものだ・・。

そもそも、生活に余裕を持ち、外で遊べる余裕をもてたのも、
異性に魅力的と思ってもらえるのも、
自分の妻や夫の与えてくれた環境の賜物かもしれないではないか!!

感謝こそすれ、裏切るとは何事か。



近代文学・白樺派を代表する作家有島武郎は、
中央公論の女性記者と不倫をし、軽井沢で首をつって心中した。
1ヵ月後に発見された際、2人の死体は腐り果て蛆が湧いていたそうである。
偉大なる文豪と言えど、不倫の道を行くもののなれの果てである。



本日の日記、明治45年に不倫による姦通罪で起訴された文豪、
北原白秋の詩をもって締めくくる。

不倫をする者たちよ、肝に銘じるべし。

「野晒」

死なむとすれば、いよいよに、
命恋しくなりにけり、身を野晒になし果てて、
真の涙を今ぞ知る。

人妻ゆえの人の道、汚し果てたる我なれば、
止めて止まらぬ煩悩の罪の闇路を踏み迷う。
             
                北原白秋。
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