宗教と脳

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我々は生活していくために、常に決断している。

五感からの情報は、古い脳の一部である視床をいったん通ってから、
視覚野・言語野などを通過し、
新しい脳である前頭葉で適切な判断を与えられ、再び視床を通って全身に指令が出される。


人間と他の動物の動物の違いは何か?


それは人間の想像力である。
実体験を伴なわないことを空想できる。妄想といっていい。

インディオのシャーマンは、催眠効果のあるきのこを食べる。
日本の修験者は、絶食を行として行なう。
沖縄のユタは、独特の節回しで歌い、リズムを取り
「カミダーリ」と言われるトランス状態に入る。

こういった状態になると、脳の動きが変化する。

前頭葉で下した決断は視床を通って指令が出されるはずなのだが、
大脳其底核にドーパミンが働き、通常ひとつずつの指令が同時にいくつも下される。

その上、過去の体験や無意識の発現も加わり、脈絡の無い行動を取り始める。

脳の暴走状態と言っていい。

この脳の状態は分裂病患者の脳に酷似する。


ある種の「発狂状態」といっていい。


この状態がプラスに働けば、通常には発想出来ない事が浮かび、
天才の煌めきとなる。
が、マイナスに働くと、宇宙からの指令が聞こえたり、
見えもしない魑魅魍魎を目にすることになる。

芥川・カフカ・ムンク・ゴッホ。
これらの人々は、この領域ギリギリを垣間見た天才だろう。

「馬鹿と利巧は紙一重」というが、ある意味真実だ。
天才と狂人は刃の両側にある。

一線を超えると、神の啓示を受けたとか、ありもしない指令を受け取ってしまう。

そのどちらにしても、単なる脳の安定化装置のはずれた暴走で、実体は無い。

ただあまりにも強烈な体験をしたように感じるために、信じ込んでしまう。

おそらく宗教と言うものは、ここから発生している。


恵比寿にいた頃、多くのオウム信者を見た。
彼らの瞳孔の開いたような瞳を思い出す。

顔にぽっかりとあいた穴のような瞳を思い出し、
ふとそんなことを思った。
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