なぜ田舎の人は、故郷に固執するのか

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不思議でならない。

以前7年間、埼玉で暮らしたが、首都圏に含まれる埼玉でさえ出生地に固執していたし、母の実家の福島や、知人の京都・沖縄も同様か、それ以上に土地に縛り付けられていると感じる。

というか、埼玉のように東京まで1-2時間の距離であるのに、自分たちの土地の価値観から抜け出せないものなのだと驚いた。

京都や沖縄、福島も同様である。

福島の親族は原発事故で立ち入り禁止になったというのに、未だに福島以外を視野に入れることを拒んでいるし、沖縄・京都も同様に土地に固執している。

私のように独立してから1人で暮らし、いいと思えば住み、嫌なら引っ越すという生活をしてきた人間には、到底理解できない。

結局、農耕民族なんだろう。

私の父も東京で成功にしたにもかかわらず、引退後は出身の九州に戻った。

当時は本当に迷惑に感じたものだ。

東京で20年生まれ育った人間が、何故九州の山の中で暮らさなければならないのか理解できなかった。

しかも矛盾していると思うのが、彼らが上京してくることだ。

誰に頼まれたわけでもないのに東京で出てきて、引退すると田舎に帰る。

数十年単位の出稼ぎというわけだ。

福島でも京都でも沖縄でも、「もっとよくしろ」と声高に言うが、嫌なら故郷を捨てればいいではないか。

経済的恩恵を求めて上京するならば、メリットデメリット共に感受すればいいし、嫌なら出て行けばいい。

本当にそれだけと感じるのだが・・。
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