GW

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世間では、ゴールデンウィークである。

とはいうものの、私には関わりのないというか、ちっともゴールデンではないので、部屋を出ず、自分のための仕事をしている。



世間では豊かな者は豊かな者らしく、貧しい者もそれなりにこの休暇を楽しんでいるのだろう。

私は昨年の今頃抱えていた焦燥感・恐怖感を忘れることができない。

幸運にもネットの仕事を入れ、今はまだ働けている。

だが、来年の今頃どこでなにをしているか、働けているか、生きていられるか、それも確証を持てない。



私はネットの仕事で、この10年以上働いてきたが、いいか悪いかは別としてそれなりのノウハウを持っていると思う。

優れた仕事を出来るかでは問題ではない。

「これは必要ですか」との問いに「イエスorノー」の即答ができる。

これは、「この人は必要ですか」につながる。

結果、私が望む望まないにかかわらず、コストカッターになる。

私はこの11か月で、5人を切り捨てた。

もちろん最終判断は経営者が下しているのだが、その判断の一部は私の意見も入っているだろう。



5人である。

結婚している者もいた。

それを「この人はいなくてもいいです。問題ありません」と切り捨てた。

もちろん、本当に必要ないのだから、嘘も言っていないのだが。

彼らは今どうしてるだろうか。



罪悪感はない。

何故なら立場が逆なら、彼らは戸惑いなく私を切り捨てたはずだから。

だが、会社を立ち去る最後の瞬間、お世話になりましたとドアを閉めた瞬間、ドアの向こうでどんな気持ちでいることだろうと思う。




仕事を無くした不安か、後から入ってきたコストカッターへの恨みか、明日への希望か。




私はよく「明日私が死んでも、システムが動くように」と言う。

私が死んでも、一瞬たりとも仕事が止まらず、何事もないようにシステムが動く。これが理想。

当然、私はただの歯車だから、私である必要性はない。

もっといい歯車が出てくれば、そちらに交換される。

私がそうしてきたように。




テレビで行楽地で笑っている人たちを見ると、この人たちは余程の自信があるのだなと思う。

すぐ後ろで効率化という死神が大きな鎌を持って笑っているというのに。


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