あれから1年  意味があるのは行動だけ

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まもなく長く短い1年が過ぎようとしている。

ありきたりな言葉だが、厳しい1年でも逢った。

自分が死ぬ時、また同時代を生きた人々が決して忘れる事のない強烈な体験を伴う1年だった。



あの日の午後、経験したことのない長い揺れが幕開けであった。

家具が倒れ、散乱する部屋の中で、「もうだめか」と思った。

多くの人々が同じ事を思ったことと思う。



私の母の故郷の福島小高区は、津波に襲われ、原発事故に襲われ、今も尚立ち入る事が出来ない。

母の墓を訪れることはもう出来ないかもしれない。



この1年、多くの事を聞き、見て、考えた。

人を救おうとする人、2万人が亡くなった震災をビジネスチャンスと考える人。

物資提供に並ぶ子供、ラーメンを買い占める大人。

決死の自衛隊、原発反対を叫ぶ共産勢力。




今尚、問題山積みである。

震災のガレキは5パーセントしか処理されず、被災地に山積み。

そして各都道府県は住民に反対され、協力できない。

が「繋がろうニッポン」とテレビは叫び続ける。



多くの子供達は、きっと思っていることだろう。

「大人は本当に嘘つきだ」と。

言葉では協力と言いつつ、その両手は相手を拒んでいる。



戦後70年、本当に日本は見下げ果てた国になってしまったと感じている。

痛みを知らない人間は、人の痛みを共有できない。

華やかな都心を歩くたびにそう思う。



私はもう浮かび上がれず、人生の着地点を諦めた人間だが、その点では幸運である。

負け、捨てられ、誰にも振り向かれない。

その視点を持てたことは、幸運であると思っている。



まもなく震災1年。

震災で亡くなった多くの同胞のご冥福を改めて祈りたい。

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