1つの国に 2つの国民

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非常に強い違和感を持っている。




私は現在、恵比寿の会社に勤めている。

恵比寿は東京都渋谷区にあり、都下ではこの20年で最も発展した町のひとつと言ってよい。

かつて寂れた駅があった場所は、立派な駅ビルがあり、下町の風情だった商店街は人通りも多くなっている。

近隣に中目黒・代官山・広尾・麻布・渋谷があり、それらを繋ぐポイントとして発展した。

街行く人々は豊かで着飾り、笑顔を浮かべる者たちも多い。




さて、その恵比寿の西口、地下鉄日比谷線の入り口に、朝になると1人の男性が立っている。

手にビッグ・イシューという雑誌を持ち、遠慮がちに掲げて販売しているが、声を上げていない。

呼びかけを遠慮しているのか、恥ずかしいのか、誰かが売っていることに築いてくれるのを待っている印象だ。

このビッグ・イシューという雑誌については、何年も前から数度このブログで書いている。

ホームレス自立支援の雑誌。

同じ号を何度か買った。

100円で仕入れ、200円で売る。1冊売って100円の儲け。

寒空の下、コーヒーの為に1冊、弁当の為に5冊売らなくてはならない。

もっとも彼は、缶コーヒーは買えても買うまいが・・。




街行く人々は、彼を見ていない。

彼もある意味、着飾る人々を見ていない。

互いに存在していないかのように振舞っているように見える。




私は現在ブランドショップの従業員として、働いている。

決して好景気とはいえないが、毎日たくさんの注文があり、高いものでは数万から100万を超えるものもある。

若い従業員達は、食べ物に困ることもなく、暖房は必ずつけるものと思い、設定温度は29度。

20万足らずの給料の中で着飾り、1000円ランチを笑いながら食べている。

これは恵比寿という同じ街の中で起きている。




私は富裕層に属する両親の元で育ち、日本で最も高額の授業料を必要とする学校に通わせてもらった。

仕事がうまくいった時は、サラリーマン10年分を1年で稼いだ。

しかし、私は着飾る人々より、街角にたたずむ彼に親近感を覚える。

着飾る人々の中では胸がざわざわと違和感を訴える。

だが、彼の気持ちは容易に共感できる。




何故なら私は貧困に落ち、彼の立場に限りなく近い境遇にあったからだ。

今夜寝るところがない、明日食べるものがない、ほんの数日後の週末の自分が想像できない。

助けてという相手もなく、声を出すにはプライドが邪魔した。

もしあのままだったら、数ヶ月・・いや数週間後にはゴミ箱をあさっていたかもしれない。

彼を見る度に、あの日の自分を見るようだ。




その時の貧困は自分の信念に従い、落ちるとわかっていて落ちた。

もっとも生ぬるいものではなかったが。

だが恥じてはいない。悪に手を染めるなら、再び落ちるほうを確実に選ぶ。




今の日本は、まるで2つの国民が存在するようだ。

持てる者と持たざる者。

我々は資本主義を選択した。

最大多数の最大幸福を求める社会。少数の敗者の困難を認める社会。

そしておそらくこの階級差は今後ますます大きくなり、固定化されていく。

そして多くの人は、彼や私の立場に落ちる事はないと信じている。根拠なく。




現在、生活保護受給者数は戦後直後を越えた。

だが、今と当時は何かが違う。

人の情だろうか、徳を積む心だろうか、いや最も・・そして絶望的に欠落しているのは想像力だ。

なんとかなると思っている。

経験者として言う。みんな、何とかしようと思ってなんとかなるなら、彼はあそこに立ってなどいない。

そしてあそこにはいつ誰が立つ事になっても不思議ではない。





今我々は資本主義の焼け野原に、それと気づかず立っている。

聞く者のないこの焼け野原で、この声が届くなどとは、期待していない。



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