巧詐不如拙誠

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40を過ぎ、人と会うとき、その人の本質を見ようと思っている。

男性と女性の違いはあるかもしれないが、見た目はさほど重要ではないと思っている。

もちろん人間だし、生理的な好き嫌いもあるから、会った瞬間の第一印象は大きいとは思うが・・。



人間は、自分以外の人間が同じ空間にいる時は、ほぼ例外なく演技をしている。

これは間違いないだろうと思う。

たとえ親でも夫でも妻でも子供でも友人でも、相手がいれば人は演技する。意図的かは別として。



豪放磊落に見える人間が、豪胆とは限らないし、気がよくつく人間が繊細な人間とは限らない。

その演技の裏を見なければ、本質は見えない。

そうでなければ、泉谷しげるは傲慢で粗暴な親父に見えるだろうし、島田紳助は純粋な熱血漢になってしまう。

もちろん、人の演技はこんなにわかりやすくないものだが。



見た目、装いもその演技の範疇に入る。

高額なものを身に着けているからといって、高級な人間とは限らない。



駅で階段を降りている時の女性のヒールの音。

ジミーチューだかなんだかわからないが、手入れされていれば、あんな音はしない。

女性は特に、歩き方に知性が、座り方に育ちが出る。

ブランド品ではごまかせない。

机の上も同じ、人柄が出る。

こういうものは、よほど気をつけていないと表に出る。




ただ人間関係というものは、相対的なものでもある。

Aさんから見たらBさんは優しげな人に見えても、Cさんから見るとBさんは無愛想な人ということもある。

これは対人関係において、Bさんがランク付けしている場合が多い。

話す内容を文章にすると、わからないかもしれないが、目には出てしまう。

お辞儀の角度にも出ている事が多い。




「巧詐は拙誠に如かず」と言う。

どんなに巧みに欺いたとしても、拙くても誠意あるものには及ばないという意だが、まさにそう思う。



誠実に・・という事は、律儀に・・ということであり、律儀に生きようとすれば、大きな角も立つ。

歴史を見ても、誠実な人間は敗者になる事が多い。

石田三成は家康に破れ、土方歳三は薩長に敗れ、江藤新平は大久保に破れた。




日本のように「まぁまぁとなんとなく事を納める」社会では、律儀な人間はあっちでぶつかり、こっちでぶつかり、最期には大きな力と対決せざるを得ない場所に追い込まれる。

結果、敗者となっていくのだが、彼らが好きでたまらない。

彼らは決して相手の肩書きでお辞儀の深さを変えるような人物でなかったと思いたい。

何故なら、私もそうありたいと思っているのだから。




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