この日、この時

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1月9日の深夜である。

15年前のこの日、この時間、世田谷の道路に積もった雪を踏みしめて帰り、私は1人の部屋で泣いていた。

身体の半分を引きちぎられたような想いの中で、1人号泣していたといっていい。

3年振りの望まない一人の生活だった。



今でも、目をつぶると「ここに電話があり、ここにテレビ、ここに彼女の為に組み立てた化粧台があり、ここには子供達の洋服を掛けていた」と部屋の中を手に取るように思い出せる。

夫婦ではなかったし、子供達も私の子供ではなかった。

しかし、私にとっては私が選んだ家族であった。



今思えば、覚悟のない若造の家族ごっこだったのかもしれないと思う。

当時は荷物を持つということは、他の荷物を置かなくてはならないという事がわかっていなかった。

好きな事を諦められなかった。

話し合いの末、彼女の望む方向に進もうとしたが、やらされてる感をぬぐえなかった。



「嘘をついた」「実現できなかったことと、嘘は違うだろ」

そんなやり取りの繰り返し。



誰よりも知っていたはずの顔が、突然見知らぬような顔に変わり・・。

もうすぐこの手を離れてしまうという焦燥感の中、上目遣いで相手を見て。

束縛してはいけないと思い、無理に笑顔を浮かべて送り出し、帰ってくるはずの時間を子供達と待ち。

電話をすれば「彼女はとっくに帰った」と言われ、予感としてあった不安が目の前に迫り。

真夜中過ぎに帰った顔は、もう届かない場所に行ってしまった顔で。




愛情というものは、与えれば与えられると信じていたし、時間の積み重ねは消えないと信じていた。

私は子供だったのだと思う。



この幸せを掴めなかったら幸せになれないとわかっていたのに。



蜘蛛の糸は切れ、私は落ちた。



住んではいないとわかっていたが、当時住んでいたアパートを見に行った事があった。

見知らぬ洗濯機、見知らぬ自転車。

もうそこにはいない。

わかっていたのに、泣きながら帰った。




「なんで!なんで!なんで!」と手をすり抜けたものに問いかけて。

「俺は掴んだ手は絶対離さないから、もし離すかもしれないなら、この手は掴まないで」の問いに、答えた言葉は絶対と思っていた。




15年が経ち、子供達は成人し、彼女も幸せの中にいるだろう。

一時は怨みもしたが、それも消えた。

もう逢う事も話すこともないが、最愛の3人は常に心の中に。




あなたの幸せを心から願う。


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