本の表紙

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10年ほど前、新宿に住んでいた頃、ある男性と知り合った。

彼はホームレスであった。

犬の散歩で通る公園に住み、貧しくはあったが、身なりを整えた男性であった。

当時、私はコンピュータ管理の仕事をしており、住まいも仕事も新宿であった。

すでに何人かのホームレスを家に泊めては、面接を受けさせ、社会復帰させていたので、彼の力になりたいと思った。

「私の部屋は狭いが食うには困らないから、足がかりにしてはどうか」といった事があった。

しかし、彼の答えは「否」

「それでは、私の人生の筋が通らない」と彼は答えた。



理由は聞かなかった。

彼は恐らく私の年上だったが、目には知性の光があり、髭をそり、髪を整え、スーツを着れば、大学の教授と言っても人は容易に信じたことだろう。



彼はホームレスである。

大半の人間の価値観では、彼は読む価値のないボロボロの1冊の本かもしれない。

果たしてそうだろうか。



ではブランド物に身を飾り、持っている物や車や住まいで自分を飾り立てる人々はどうだろう。

なるほど、彼らは勝利者かもしれないし、立派な本かもしれない。

果たしてそうだろうか。



あるパティシェがこう言った。

「飾り立てているケーキと言うものは、大抵おいしいものではない。

足りない物を継ぎ足し継ぎ足し、飾り立てているから見た目こそ派手だが、そういうケーキに美味しいものはない。

真に美味しいケーキと言うものは、飾り立てる必要すらないケーキである」



速い車に乗っても、足が速くなるわけではない。

豪華な服に身を包んでも、育ちは隠せない。

情報武装しても、教養が身につくものではない。




本と言うものは、表紙をめくって中に書かれていることで価値が決まるのである。

いい書物と言うものは、たった一言で人の人生を変える力を持つが、飾り立てただけの読まれない本など、せいぜいが成金が自らに箔をつけたてて、読みもしないのに本棚に並べる程度にしか役に立たない。



さて・・明日、あなたが目にする人間と言う書物は、ブランド品で装丁された4コマ漫画か、

それともわら半紙に描かれた人生の貴重な経験か。



もっとも、書物と言うものは読み解く力がなければ、惑わされるだけなのだが。



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