親の顔

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師走も半ば、年の瀬である。

電車の中やショッピングモールなどで、幸せそうに笑う家族が目に付く。

しかしながら、笑っているだけならまだしもマナーのなっていない子供が多い。



みんなの休憩所であるはずのソファに寝そべる、床に座り込みふざける、奇声を上げて走り回る。



ちなみに私が言っているのは、高校生などではない。

高校生になれば、それは本人の資質の問題だ。

しかし、幼稚園から小学生にかけた子供たちがひどい。

なかには「子供なんだから騒がしいのは当然」と言う方もいるだろう。

もしあなたがそう思ったのなら、それは・・。


あなたがその程度の家庭で育ち、その程度の教育しか受けてこなかったという証拠だ。

つまり、あなたの親もその程度の教養の持ち主だったと言うことになる。



世の中でもっとも大切なことは、規律だ。

ルールを守ることであり、ルールを守らせることだ。

「子供らしく好きなように」というのは、親としての怠慢であり、教育の放棄だ。


家庭内では騒いでもいいだろう。

しかしながら共用の場で騒ぐ子供を放置すると言うのは、怠慢に他ならない。

私も子育てはしたが、口で教えてもダメなら、強制して教えた。



教育を与えられない子供は動物と同じである。

そして教育とは、少なからず強制を伴うものである。

騒ぐ子供たちを見ると、苛立ちの前に「哀れだな」と感じ、彼らの将来を思うと同情の念さえ感じる。



何故なら、彼らを観察していると現れる彼らの親が、いかにもという親だからだ。

彼らは恐らく親と同じ道をたどる。

悪いスパイラルは、どこかで覚悟を持ち脱出する明確な意思を持たなければ、脱し得ない。

残念なことに、渦の中では気が付かないのも事実だろう。

無知であることと、己が無知である事を知っているのは、天地ほども違うのだから・・。


規律を知らないものに、規律を尊べと言っても、それは無理な話と言うものである。


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