地球に1人で住んでいる

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昨日昼のニュースで、タレントの上原美優さんの自殺を知った。

24歳だったという。

割と応援していた方だったので、非常に驚いた。

恋愛の悩みとも推測されているが、現時点では不明。

いずれにしても、24歳という若さが惜しまれる。

今年は世間のニュースでも、自分の周囲でも忘れなれない1年になりそうだ。



震災で生きたくても生きられない人がいたのに、自殺とは・・という批判も見かける。

何をしても批判され、最後の手段の自殺まで批判されるとは、本当に嫌な世の中になった。

死にたくて死ぬ人間などいない。

死にたくなくても、死ぬしかないから、死を選ぶのである。

生きる自由はあるというのに、死ぬ自由は無いのか?

「自殺しなくても・・」というのは容易だ。



「僕らはみんなつながっている」「ひとりじゃない」とテレビが訴えている。


言っておくが・・・



そんなのは嘘っぱちだ。




証拠に、道で行き倒れ同然の人と視線を合わせず、汚いもののように避けて歩く。

みんな、心の中に火を消せるバケツを持っていて、それぞれ量は違えど水が入っていても、燃えている人に水を差し出したりしない。

差し出す人は、変わり者として阻害されかねない社会だ。

東北の被災者は助けても、通勤の途中で出会うホームレスは平気で見捨てるではないか。

被災者を助けるのは、「みんなと同じことして」安心したいだけだ。

もちろん、それが偽善としても、役に立つ偽善だから否定はしない。

だが、顔も知れない被災者に差し出す水はあるのに、通勤途中で出会う顔を知った人には水は差し出さない。

これを皮肉と呼ばず、なんと呼ぶ。





人間とは、孤独なものなのだ。

理解しあっているというのは、希望的観測に過ぎない。

「理解しあっている」という相互の誤解に基づいているだけだ。

なかよしこよしの振りをしてる方が、楽で傷つかないからだ。

本当に理解しあおうと思えば、他者と向かい合い、むき出しの心をぶつけ合い、血まみれになるしかない。

もちろん、それでも理解できる確立はほとんど無いのだが・・。



私は、孤独な人間だ。

家に言葉を交わす人間はいない。

正直な言葉を交わせる人間もほとんどいない。



しかし、ある意味恵まれてもいる。

何故なら、家族・・妻や夫、子供に親、恋人や愛人。

それらに囲まれていながら、孤独を感じるものよりは、孤独感は薄いことだろう。


人にとって、真の友人とは、過去の自分ただ1人である。

人は、地球に1人きりで生きているのとなんら変わらない。

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