等価交換

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毎日様々な事件が起き、加害者や原因を作った人間が責められている。

もちろん、被害者の立場を考えれば当然ではあると理解する。

とはいえ、告発が苛烈すぎはしないかと思う時もある。


東電の清水社長にしても、ユッケ食中毒のあのブラック社長にしても・・当然、責められるべくして責められているとは思うのだが・・・。


「元に戻せ」と言っても戻せるはずもなく、戻さない限り、苛烈に責め続ける。


社会は、彼ら加害者サイドに何を求めているのかと思う。


私は車の免許を取らなかった。この先も取らない。

万が一とはいえ、人を殺す可能性は持ちたくなかった。

しかし、免許を持っていたとして、人を轢き殺したとしよう。

責められる。責め立てられる。刑事罰を喰らい、民事でも・・。

それでも「大切な人を返せ」と言われるだろう。

わかっているが、これを言いたくなるのは当然だ。

しかし出来ないと知っているはず。


要するに、極論かもしれないが、加害者は死ぬしか無いのかと思う。

もちろん遺族サイドにも、加害者の死を望むものもいるだろうし、あくまで出来ないとわかっていて被害者を返せと思うものもいるだろう。

かといって、加害者が自殺すれば「そんなことは望んでいない」と公式には口にすることと思う。

では何億円もの賠償金で心が癒されるかと言えば・・そういう者もいるだろうし、そうでない者もいるだろう。


では、加害者と思われる人物が故意ではなく、事故なら・・。例えば医療事故。

それから恐ろしいからこそ、産婦人科医は減少している。


結局、今の世の中は失敗できない油断できない世の中と思う。

失敗や、失敗の気配があれば、世間と言う名の怪物に襲い掛かられ屠られる。

遺族の意思を尊重すれば、医療事故で子供を亡くそうと、交通事故でも、原発でも、食中毒でも、大切な人間を帰せということになり、「命には命で・・」ということになりかねない。

原発で、「想定外」という言葉が非難されているが、では非難している人は全てを想定しているのだろうか。

そうではないはずだ。

ただ加害者にならなかったと言うだけで、加害者を責めている者もいるはずだ。

結局、全ては「想像力」なのだと思う。

加害者はたまたま加害サイドにいただけ。被害者は被害エリアにいただけ。

明日には逆転してもおかしくない。

そして「死んでわびろ」と迫られても不思議は無い。

非難するなら、それを理解したうえで非難すべきだろう。
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