硫化水素自殺について

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本当に久し振りにブログを書く。

精神的にきつく、ブログを書くだけの心の体力が無い。

会社員というものになって、周りを見るにつけ、

持てる者と持たざる者の差というものを感じる日々である。

どの会社でも差こそあれ、持たざる者は持てる者を更なる高みに上げるための牧草として、

ただ刈られるのを待つ・・。


100人のうめき声が1人の笑顔を支えている。


資本主義のあるべき姿かもしれないが・・・。




さて、硫化水素自殺についてである。

このところ、連日のように硫化水素を発生させ自殺する者が続出している。

巻き添えで体調を崩す者や、死者も出ている。


テレビでは、「周りに迷惑をかけるな」「死んでもいいことは無い」「楽には死ねない」と連呼している。


まさにその通りの正論だが・・。


私は自殺する彼らを否定しない。

迷惑をかけることを肯定しないが、自殺することを否定しない。


山に行って死ねというものもいるだろうが、死ぬことへの恐怖、失敗への恐怖などを考えれば、

浴室でガスを発生させて死ぬことを否定しない。否定できない。


私が隣人の自殺の巻き添えをこうむる可能性もあるが、

私も自殺を決意したときに、硫化水素を選ぶかもしれない。


私はあと1年ほどで40になる。

日々頑張っているが、俯瞰的に見れば、自分の人生の先は見えた。

おそらく、おそらくだが、私は幸せにはなれない。

少なくとも子供や妻を持ち、ホームドラマのような幸せを味わうことは無いと思う。


今の状況を抜け出し、少しでもいい方向へ向かおうとしているが、

人生を変えるほど、いい方向へは行けないままに人生を終えるだろうと思う。

死を考えることもある。

望むものに届かないなら、苦しい日々を重ねるしかないのなら、

「もういいか・・」と思うこともある。


私が生きている理由は、死ぬのが怖いからかもしれないと思う。

恐怖を絶望が上回ったら、死ぬのもいいだろうと思う。


世間では死ぬな死ぬなと言うが、自殺するものは何故そこまで責められるのだろう。

望みの無い人生を抱え、精肉工場に引かれるのを待つ牛のように生きろというのだろうか・・。


迷惑をかけるなというのなら、肉体を献体として臓器でも骨でも差し出すから、

安楽死を与えてもらいたい。

生きる理由が無い者には、それ位の慈悲は与えてもらいたいと思う。

これは違うだろうか。
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