椅子取りゲーム

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最近特に感じるのだが、我々は椅子取りゲームしているようなものだ。

出世とか、勝ち組ということではない。
まぁ、当然それも人生を賭けた椅子取りゲームなのだが・・。

人間関係について、そう思うのである。

例えば、友人関係や愛情関係についてだ。

どんな人間関係でも完全な平等はないだろうと思う。

友情関係よりも、愛情関係を例にとったほうが顕著だと思うのだが、
愛情が完全な50/50ということはまずない。

いたら、それはある意味完全なカップルだろう。



ほとんどの場合、どちらかが愛し、残りの一方が愛される立場になる。

当然、当事者はそのことを承知しているから、50/50でなくとも、
最初のうちはさほどの問題とはならない。

愛されている側は、「気遣われ、優しくしてもらえる椅子」に座っているわけだ。

愛している側は、座っている相手に対してあれこれ世話を施している。



先日、知り合いの男性が何年か交際していた女性と別れた。
訳を聞くと「嫌いになった」わけではなく、
「他に好きな人ができた」わけでもない。

周囲は結婚すると思っていた二人であった。
だが、別れた。


彼と話し込んでいるうちに、なんとなく彼の気持ちがわかる気がした。

本当に彼は彼女が嫌いになったわけではなかったのだろう。

ただ、自分が椅子に座りたくなったのだろうと感じた。


反面、自分が椅子に座っていたと気づかなかった彼女にしたら、
青天の霹靂、狐につままれた気持ちに違いない。

当然のように庇護されていたのに、ある日突然日除けがなくなったようなものだ。

椅子に座っている者は、自分が椅子に座っていることに気づかないことが多い。
もしくは、気づいていても、それが当然と感じている。

人間関係を50/50に近づけようと考えていれば、
椅子に交代に座るとか、たまには相手を座らせる事も出来た筈なのだが・・。

さて、我々は座っているのか、立っているのか・・。
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