まじめにやってはいるが。

ここでは、「まじめにやってはいるが。」 に関する記事を紹介しています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この夏、うちの会社が食品会社を買収吸収した。

特別小さい会社でなかったため、商品のアイテム数も多く、
商品受注のシステムもハード面・ソフト面が違う為、
職場が以前混乱している。

吸収された会社は幹部と生産現場以外は人員整理を受けたので、
受注部門や営業部門は従来の仕事と吸収した分とで、
体感で言えば仕事が2.5倍になった感じだ。

合併前は土日休みの週休二日の基本9時-5時だったが、
今はとりあえず混乱が収まり、新しい仕事に精通するまではということで、
ほとんど休みがない。

起きるのが2時間早くなり、帰りは3時間ほど遅くなった。


ここ2年ばかりスローペースに慣れていたので、
以前のようなめまぐるしい生活に少し戸惑っている。


帰ってきてぼっーとしていると、あっというまに深夜で、
1日があっという間に終わってしまう。


特別出世したいとも思っていないし、金で買えるもので欲しいものもない。
洗濯機も掃除機も東京においてきたので、掃除も洗濯も手作業でしているが、
慣れてしまいさほどの苦痛でもない。

給料の額にこだわっていると言われたことはある。

が、金額と言うより職場で認められている尺度としての金額にこだわってはいる。

30代も半ばを過ぎ、40代が視野に入ってきた男性としては、
ここで一発!!と奮起して、がむしゃらに働くべきだろう。

まぁ、そうすることで見えてくるものもあるだろう。

だが、軸足をどこにおいていいのかが、わからない。

生きている以上、なにかの到達点があり、我々はそこに向かっているはずなのだが、
どこに行くのかが見えない。

もっとも明確に認識している者は、少ないだろうが・・。


旅をするときの列車の窓から見える景色を楽しむことはあるだろうが、
あくまで目的は目的地に到達することのはず。

景色はあくまでおまけのようなものだ。

歩く者もいれば、自転車を漕ぐ者もいる。
特急に乗り生き急ぐ者もいれば、動こうとせず空を見上げている者もいるはずだ。

旅の目的と方法は似ているが、やはり目的と方法は違う。

たまたま急ぎ足で乗り込んだものの、どこに向かっているのかが判らないし、
どこでもいいような気もしている。


やはり人間、目的地を見失うと、方法論も見失ってしまう。

仕事を与えてくれた人間の信頼に応える為にも、
ここ最近ないほど真面目に仕事をこなそうとしているが、
軸足が決まらねば、力も込められず、次の着地点も見えない。


が、懸命に働いてみようと思っている。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。