ある親子

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わしが忘れられない親子がいる。

名も知らず、顔も覚えていない。

年のころは20代半ば、赤ん坊を抱いていた。


このブログの前身の日記コーナーの頃から読んでいる人は、覚えているかもしれない。


3年前のことである。

当時のわしは、今の何倍も収入があり、自由業だったので、
何日か徹夜で働いては、何日か遊んで暮らすと言う毎日を過ごしていた。

サウナが大好きなので、浅草のスーパー銭湯でオールナイトでうろうろしたりしていた。

その施設はレストランや仮眠室やテレビ付きのリクライニングシートなどもあり、
1日遊べるところだった。

オールナイトで営業していて、深夜でもそこそこ人はいた。

仕事が終わると、深夜までそこでプロの「サウナー」として活躍していたのだが・・。

大きなスーパー銭湯と言えども、昼に比べ、やはり深夜は人が少ない。

夜中の3時くらいだったろうか・・。

大きなラウンジのところで、新聞なぞ読みながら、体を冷やしていると、
窓際に(この銭湯はビルの7階)20代半ばの女性がいた。

赤ん坊を抱いていた。

いくらスーパー銭湯がオールナイトで、敷居が低くなったとはいえ。
深夜に女ひとりでいる人は少ない。

銭湯の料金は2500円。朝までいられる。ホテルよりは安い。

もしかして・・あの人、行くところがないんじゃ・・。

サウナに出たり入ったりして、ラウンジに行く度に同じ場所にいた。

ああ、やっぱり、きっとそうだ・・。
行くあてが無いのかもしれない・・。

声をかけようかと思った。
言っておくが100%下心無しで!!!

わしも行く当てのないときがあった。
だから、声をかけようと思った。

実際、男なら相談にのったり、行くところが無ければ家に呼んでいた。

が、その時はうら若き女性。

誤解されるのが、怖かった・・。

だって、わし、怪しいサウナ中年だから、誤解するなって方が無理な気が・・。

結局、わしもその人も朝までいたのだが、声はかけられなかった・・。


3年経ったが、いまだに声をかけるべきだったと後悔している・・。


昨晩、戦後の混乱期、混血児を孤児院で育て上げた女性の番組を見た。

まさしく偉人であると感じた。

育てたくても育てられない女性もいたことだろう。
身を寄せるべきところが無く、心細い人もいただろう。

泣きながら番組を見ていながら、銭湯で窓の外を見つめている女性を
改めて思い返した。

やはり、あの時、誤解を恐れず、手を差し伸べるべきだった。
もし困っていなかったのなら、それはそれで怪しいおっさんとして笑われれば良かったのだ・・。




わしは、時々、本当に時々なのだけれど、
「わしは何の為に生まれてきたのだろう。何の役目があるのだろう」
と考えるときがある。

今は昔と違い、自転車も買えない貧乏をしている。
昔々は悪いこととかもした。

でも、なにかの役目があるような気がするんだよね・・。

これは傲慢なのかもしれない。多分傲慢だと思うんだけど・・。

一生懸命働いて、わしとわしの家族に人並みの生活を与えられるようになったら、
もしかして何か出来るんじゃないだろうか・・。

もしかして、困っている人の為に人生を捧げるべきなんじゃないだろうか・・。

あの親子は、そのきっかけをわしに示したんじゃないのか・・

そう感じる時がある。

貧乏人が感傷に浸ってるよと笑われるかもしれないが、時折そう思う。

そんな事は金を持ってから言えと笑われるかもしれないが・・。


よくわからないが、そんな気がする・・。
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