バケツリレー

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親しい友人のブログが、ある事件を取り上げた。

年老いた母を抱えた男性が生活に行き詰まり、
福祉事務所に救いの手を求めるが、親切とはいえない対応を受け、
給付も受けられず、受ける方法さえ教えてもらえず、
最後の親孝行にと街中を車椅子に載せ歩き回り、
母親に力及ばずもう無理と打ち明けると、母はこれからも一緒にと言い、
心中を図るが、男性は生き残り、殺人の被疑者として有罪判決を受けた。


友人は福祉事務所の対応を嘆く。

子を持ち、親を持ち、良識のある大人なら皆そう思うだろう。

胸の痛む事件だ。


私は幸いにして自殺に追い込まれるほどまではならなかったが、
何度か全てを失い、裸一貫に戻ったことがある。
食べるものも寝るところも無かったときがある。

そのことはこの2年間、このブログでも書いてきた。



手を差し伸べてくれた人たちがいた。

「頑張って」という言葉だけではなく、実際に助けてくれた。
言葉もありがたいものだろう・・。
だが、それも心にぬくもりが残っていればこそ。
余裕もぬくもりも無くすほどの思いをすれば、言葉だけでは救えない。

その時に私は「返せるものはありません。
ただ、将来困っている人を見たら、必ず救います」と心に誓った。

その後、周囲の人々とチャンスに恵まれ、普通の生活に戻った。

新宿にいた時は、散歩に行く公園におそらく300人程度のホームレスの人たちが住んでいた。

散歩中に言葉を交わし、知り合いも出来た。
救いを拒否する者、社会を否定する者もいるが、浮かび上がりたいという意思を持つ者もいた。

そういう人と知り合いになれれば、家に呼び、共に食事をし、仕事を探した。
ベットはひとつしかないので、ビーチベッドで寝てもらい、何ヶ月か過ごす。

髪を切り、バイトを見つけ、金をため、スーツを買い、面接を受け、
住み込みの仕事を見つけ、部屋を出て行ったものもいた。

仕事を終えて、2人分の弁当を買って帰ると、部屋が散らかり、
洋服やラジカセが消えていたこともある。

だが、そんなことは別に構わないと思っている。
覚悟の上だし、考えようではそれで何日か食いつなげるという考え方もある。

痩せこけ、日焼けし、固まった髪から異臭を放つ彼らと共に歩いていると、
なんの変哲も無い普通の人々が侮蔑の視線を投げかけてくる。

彼らにその意図が無くとも、間違いなく侮蔑のまなざしを感じた。

良くて、「関わり合いたくない」という程度が、優しいと呼べる視線だった。


だが、彼らが道端に屍を晒す時が来たら、その普通の人々はおそらく
「福祉はなにをしている!!」「相談してくれれば・・」と言う事だろう。

なるほど、国の対応は不十分だろう・・
もし相談していれば、千人にひとりくらいは助けてくれたかもしれない。

だが・・。
「普通の人々」は彼らになにをしただろうか。
100円でも差し出したか?
食べきれず残った弁当でも「よかったら・・」と差し出したか?
街角で自立支援雑誌を売る彼らから、距離をとって歩かなかったか?
アフリカの孤児に送る古着はあっても、同じ国の同じ言葉を話す仲間を
救う方法は考えなかったのか?



我々は、それぞれ手にバケツを持っている。
水を満タンに入れた者もいれば、半分の者もいる、コップ程度しか入っていない者もいる。

だが、我々は水の入ったバケツを持っている。
水の量は別として・・。

街で火事に出くわす。家が燃え、中から救いを求める声がする。

消防車が来た。だが、時遅くもう声は聞こえない。

口々に人々は声を上げる、消防士に対して。

「何故、もっと早く火を消しに来なかった!!」
「水をくれと言ってくれていれば・・」

その時、焼け死んだ者の家族や友人がいたら、こう言うだろう。

「あなたが持っているのは、水の入ったバケツですか?」
「では、何故火事を見つけた時に水をかけてくれなかったのですか?」
「火事に気がつかなかったのですか?」
「それとも・・火事に気がつきたく無かったのですか?」
「バケツを持ったまま、消防士を非難しているのですか?」

「あなたの家は火事にならないと思っているのですか?」

その時、バケツを持った者はなんと答えるだろう。



ペイ・フォワードと言う映画がある。
見てない人は見るといいだろう。見る価値がある映画だ。

ジム・カヴィーゼル演じるホームレスを、主人公の小学生が家に招きいれる。
その子供は「礼はいりません。その代わり、あなたは3人の人を救って下さい。
僕があなたにしたように・・」と告げる。


その後、彼は努力し社会復帰を目指す。

薄汚れた姿のまま、街をさ迷う。

ある時、橋の上に立ち自殺をしようとしている女性に出会う。

自殺を何とか止めようと、必死で話し続ける。

「あなたには関係ないでしょう!!」

「恩があるんです!!」

「私にじゃないでしょう!!私には救う価値も無いわ」

「俺だってつらい目を見てきた・・お願いです・・
一緒にコーヒーを飲みに行こう。
どうかお願いです・・俺を救うために・・俺の人生を救うために・・」


SAVE MY LIFE・・



バケツの中の水をひとりで飲み干すのも、
その中のコップ1杯分を恩返しに次に渡すかは、
それぞれの人生の選択だ。


だが、我々は水の入ったバケツを持っている。
水の量は別として・・。

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