男は音楽、女は絵画

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人間ひとりひとりの人生を、ひとつの部屋とすれば、
男は音楽、女は絵画のようなものである。

あくまで一般的にはではあるが・・。

誰しもがそれぞれの人生を歩むうえで、殺風景な部屋に住みたくは無く、
住んでいる人間は住まざるを得なくてというものだ。

部屋の主が男であれば、好きな女性という絵画を飾りたくなる。

1枚の絵画を飾り続ける者もいれば、この絵でもないあの絵でもないと部屋中に絵を飾り立てる者もいるし、中には最初に見かけた絵を思うばかりに一生何の絵も飾らずに終えようと決心する男もいる。

女性の場合は、男は音楽。

惚れたミュージシャンの奏でる音楽を部屋で楽しむ。

昨日まで擦り切れるほど聞いていたレコードに突然の嫌悪感を感じ、割り捨ててしまう女もいれば、音楽が血になり道しるべにさえなる女もいる。

だが音楽は絵と違い、同じ部屋に違う音楽は流せない。

流していても平然としている女もごく稀にいるが、彼女にとって音楽は調べではなく、単なる物音なのだろう。

モネのような美しい絵もあれば、ダリのような難解な絵もある。

音楽も然りである。

人生も半ばを迎え、わしが美しいと感じる絵は、モネのような印象派でもなければ、ダリやピカソのような絵でもない。

自然派とでも言うべきか・・。

近くで見れば遠近法も狂い、デッサンもなってないが、もっと近づけばミスタッチもあるが絵の具を塗り重ねつつ、よりあるべき姿の自然な絵に近づこうとしている絵だ。

そんな絵が手に入れば、絵画と言う枠を超えて、壁を取り払う窓にさえなるだろう。

わし自身の場合は、音楽と言うより、やはり絵だろう。
なかなかの力作であるのは自他共に認めるところだが、なにぶんにも重過ぎて、壁に掛けると壁もろともに崩れ落ちてしまうのが難点である。

いや、それとも部屋の主の女性が年を取り無くなった後、美しく逞しい曲が並ぶミュージックライブラリーに、一曲だけ良くも悪くも異彩を放つド演歌というところか・・。

「なんでおばあちゃんの部屋に、こんなド演歌が?おばあちゃん、演歌なんて聴いたっけ?」みたいな感じだな。

そんなわしも絵を入れる額を作る為に、トンテンカンと木槌をふるっているところである。

時たま手元が狂い、自分で自分を打ってしまい、怪我をするのがたまにきずである。
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