食わず嫌い

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わしは中学に入るまで、納豆というものを見た事がなかった。

といっても納豆も売っていない程の田舎にいたというのではなく、
親父が九州の人間だったので、食卓にあがらなかったようだ。
母は東北だから、当然食べていたに違いない。

とにもかくにも中学になるまで、納豆と言うものの存在は知っていたが、
「豆の腐った奴」という知識しかなかった。

受験勉強の甲斐あって、玉川学園になんとか合格。

我が母校玉川学園中等部には、青雲塾という寮があった。

学年のクラスの男子は月交代で、寮で集団生活をする。

初めて寮に入ったのは、1年の2月。

6時に二段ベッドから先輩にたたき起こされ、全員地下の浴室へ行き、
2月の寒さに氷の張りそうな水を頭からかぶらされる。

着替えたら、中等部グランドの小山に登り、賛美歌を歌う。

で、やっと朝食。

1年生と言うのは、共学といえども男子寮ではカースト制度の最下層にあたるので、
先生や先輩の世話にあたる。

みんなの食事の用意をして、着席。

「あぁ、やっとご飯だ・・・。Σ('=';) ハッ!!」

「こ・・これは・・・納豆か!!!{{{{( ▽|||)}}}}ぞぉぉぉ」

うう・・・。

こんなもん、食えるかよ・・。

先輩「食わなきゃ登校させないからね・・。」


わし、半べそ・・。


醤油やからしをたくさん入れて、わからなくしてしまえば・・。

なにか別のものにして、飲み込もうと努力。








「( ̄_J ̄)ん?」






「これは・・・」







「うまいじゃないか・・・」







次の日から、猛烈に納豆を食べ始め、自宅通いに戻ってからも
納豆を我が家で1人だけ食べる人間になった。

父はとてつもなく迷惑そうな顔をしていたが、気にせずネバネーバしてたなぁ。

わしはいまだに納豆が好き。
一度の食事で、納豆3個のお徳パックを全部食べる。


食わず嫌いと言うのは、まさにあのことだったなぁ・・。



しかし、トマトと玉ねぎだけは、どうしても克服できなかった・・。
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