やさぐれ

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ここ数日やさぐれていて日記を放置していました。
ペコリ(o_ _)o))

現在もなんというか、やさぐれ中。

なんだか全てが馬鹿馬鹿しくなって投げ出したい気分もあるが・・。

さりとて投げ出すわけにもいかず、やさぐれ中である。

甲斐のない人生と言うのにも、ちと飽きた。



基本的に、わしという人間は友人は必要としていない。

世の中には間抜け面して「私、友達いっぱいいるのー」とかいう人がいるが、
わし的には「それは知り合いで、友達とは違うだろ」と冷静なツッコミを入れたいところだ。

友人と言うのは、命綱を安心して渡せる存在だったり、
女房子供を託せるレベルだと思っている。
それ以下はあくまでも利害関係のうえに成り立つ知り合いだ。

友達がいないと寂しいという人もいるが、
友人の力で埋める事の出来る心の隙間は、他のものでも埋められると思ってる。

代用できる存在など、わしは必要と思っていない。


わしは親元を離れて一人暮らしを始めてから、同棲していた数年間を除いては1人きりでいた。


人と人間関係を持てば、期待をしてしまうこともあるし、
期待をすれば失望もする。

だから誰にも期待せず、誰にも期待させず、
誰にも近寄らず、誰にも近寄らせないように努力していた。


人間1人きりでいれば当然寂しいが、1人きりでは悲しい事は起きない。

楽しいことを避けて歩けば、哀しい事も起きないものと思っていた。

多分、これは真実だと思う。

絶望は不幸の同義語ではないしね・・。

そもそも不幸も「幸せじゃない」というだけのことだ。


半端な希望は命取りになると思っていたし、今でもそう思っている。




人の意見など聞き入れず、1人きりのままでいれば、
どんなことが起きても「人生なんかくだらない」と笑っていられたのに・・。




確かに半端な希望を持つ事は、命取りだ。



感情など捨ててしまえれば、もっといい。


人間はどんな状況でも「絶対的」に一人ぼっちと言う事は間違いないのだが、
それを無理なく本質的に受け容れることが出来れば、更に良い。

キャプテン☆山手、深夜の世迷言である。
くだらないとお笑いくださいな。
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