お返事を頂きました。

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先日、原爆についてのブログを書き、そのコメント欄に、
「さびしい人ですね」というコメントを頂きました。
詳しくは8/7の日記をお読みください。

そのコメントへの私なりの意見が8/7のブログでした。

そのコメントを書いてくれた同じ方(同じPCアドレスの方)から、再びコメントを頂きました。
紹介します。以下のようなものでした。

「いろいろな方のご意見読ませていただきました。
でも、論点が二つあって、一緒に議論するのは平行線のような気がします。
それは、「戦争が起こる前に何をすべきか」と「戦争がもし起こったら何をすべきか」です。

山手さんは後者の議論に傾注しすぎているように感じます。
今は前者の時なのですから、「いかに戦争を食い止めるか」に集中すべきでしょう。

国は改憲などして、軍国体制にもっていこうとしているのですから。
それが山手さんの言う、戦争が起こった場合の準備をしておくということなのかもしれませんが、
私は反対です。
戦争が起こったら、敵も味方もありません。
すべてを焼き尽くすまでです。人も自然もめちゃくちゃです。

そのような世界にならないために、英知を出し合い、
以前の戦争は人類の汚点なのだと反省の上に全員が考えていかなくてはなりません。

祈りは行動となり、強い意志は国を変えさせる力を持つべきです。
理想なき現実はありえません。
戦争の準備をしていたら、戦争は必ず起きるでしょう。」
という熱いコメントを頂きました。


ありがとうございます。


これよりあなたの意見に対しての、私が感じたことを述べさせていただきます。


たしかにあなたの言われるとおり、スタンス・立場の違いがありますので、
話は平行線のままかもしれませんが、敢えて述べさせていただきます。


もちろん、あなたの言うように戦争は悲劇です。
がしかし、今までの日記を読んでいただければわかっていただけると思うのですが、
私は別に「戦争は素晴らしい」とか「こっちからドンドン攻めろ」と、
言っているわけではありません。

違いは、ただ1つ戦争という悲劇に対しての対応策です。

では、意見を書きます。

コメントを書いてくれた方は沖縄の方ですので、
きっと戦争の辛さが身に沁みているのだと思います。
お察しします。

わかりやすくする為に戦争という言葉を別の言葉に置き換えて、
考えてみました。

例えば「火事」に置き換えてみましょうか?

「火事が起こる前に何をすべきか」と「火事がもし起こったら何をすべきか」
というスタンスの違いからくる問題提起になりますね。

火事になったら、あなたのいう全ての焼き尽くす悲劇という点には、
まったく異論はありません。
仰るとおりです。

火事は起こすべきではありませんよね。

当然、火の使用に気をつけて、「火の用心」を心がけるべきです。
ライターやガスレンジの使用には、注意を払うべきでしょう。
寝煙草もしないようにしなくてはいけません。

きっとそうすることで火事は減ることでしょう。


では、視点を変えましょう。

出火原因の1位はなにかをご存知ですか?

それは、放火です。
火事の原因の28パーセント、つまり約3分の1は火の扱いに不備がないのに、
家に誰かが火をつけているのです。

次に火事による死者の死亡原因を見てみましょう。

第1位・発見が遅れ気がついたときには逃げ道がなかった。24.3%
第2位・ほとんど非難できなかった。16%
第3位・逃げる機会がなかった。9.5%
第4位・逃げ切れなかった。19.5%。
(以下省略。平成14年総務省消防庁データより)

70%の人たちは、逃げ切れずに亡くなっています。
おそらく火の用心をしていたにも関わらず・・。

そして3分の1の人たちは、人に火をつけられて焼き殺されている。
おそらく火の用心をしていたにも関わらず・・。

他にも隣の家の火事に巻き込まれて、延焼するケースも多いでしょう。
おそらく火の用心をしていたにも関わらず・・。


一方で、確か今年から改築・新築する家には火災探知機を設置することが、
法整備により義務化されました。

ビルにはスプリンクラーがあり、見回せば消火栓があり、消火器もあります。
手におえなくなったら、消防団・消防署が駆けつけますよね。

そして賃貸の部屋に入居する際には、殆んどの場合、火災保険への加入を
大家さんに義務づけられています。


これを世間一般では、「備え」といいますね。


火事は悲劇です。火事を出したくないし、巻き込まれたくありません。
誰しもがです・・。

そして火の用心にも気を使いつつ、「備え」ているわけです。

火に気をつけ、放火に気をつけても、火事は起き、人は死んでいますね。

私の感覚では、消火器・消防署・火災保険は必要な備えです。

いくら気をつけても火事は起きる。

数が減っても火事が起きる以上、備えは必要だと思いませんか。


火の用心を心がけて、みんなが注意していたら火事は起きませんか?
もし放火され、家族が炎の中から叫び声が聞こえてきた時、
「あぁ、もっと備えておくべきだった」と感じませんか?
「火事は全て焼き尽くす。出火原因は別に関係ない」と思いますか?

もし私なら、備えなかったことに対して一生後悔し続けるでしょう。

火事は無くなりますか?

おそらく今後何世紀も火事は起き続けるでしょう。
それでも備えは不要ですか?

私は必要だと思います。


では、再び言葉を置き換えましょう。

人類は現在まで、戦争を放棄できていません。
現在も紛争中の国はたくさんあります。

「火の用心」を心がけていれば、戦争はおきませんか?
備えは不要ですか?


確かにあなたの言うように、戦争放棄を目指すべきです。
では、先日コメントで私がお聞きした質問にお答えください。

抽象的なものではなく、具体案を教えてください。

実現可能な具体案無く、抽象的な次善策に頼る事は、
私の感覚では、「浮世離れ」しています。
無責任かなとも感じます。


具体案をお願いします。



私に2つのコメントをくれた沖縄の方へ。
是非コメントをお待ちしています。




補足。

国が軍国主義に持っていこうと感じていらっしゃるようですが、
ご存知の通り、日本は議会制民主主義国家です。
もし日本がそうなっているのなら、(私は当然の備えであって軍国化と感じませんが)
それは選挙による国民の総意だと思っています。

もし反対なら、共産党なりに投票すればいいだけです。
それが民主主義の多数決の論理です。

ちなみに共産党などは今でこそ自衛隊反対ですが、
戦後間もない頃は自衛隊創立に諸手をあげて賛成していたはずですけれど・・。
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