記憶

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記憶について考えた。

我々はそれまでの人生を脳に記録している。

「記憶」ではなく「記録」している。

記憶とは、脳の中の記録を引き出す経路そのものだと思っている。

極端な話、自分の名前などは毎日使うから記録の引き出しから引っ張り出しやすい。
反面、子供のときの記録は意識してもなかなか思い出せない。

記録されている事は間違いないが、めったに引き出すことがないので、
引き出すための手順そのものが曖昧だ。

人間は一度でも聞いた物・見た物は覚えていると言う。
ただなかなか思い出せない。
記録はしているが、記憶されていないと言ったところだろう。

それが証拠に私にとって縁遠い中学時代の数学の方程式なんて、
「ほぇ?」って感じで忘れ去っている。

近年、「認知症」という病名が認知され始めている。
かつてなら老人のボケと言ったところだろうが、
若年性の認知症も増えていると言う。

30年連れ添った妻を思い出せず、「どちら様ですか?」と毎日訊ねたり、
メモをとろうとしても、どうしても文字を忘れてしまい書けない。

悲劇と言うべきは、自分が急速に記憶を無くしていることを自覚している点だ。

「壊れていく自分」を認識せざるを得ない・・。

人生も半ばを過ぎ、これから伴侶との余生が残っているところでの脳の故障。


わしも若いつもりでいるが、今年の末には36。

おそらく人生の中間地点はすでに折り返していることだろう。

毎日、気楽に過ごしているが、これもいつかは忘れ去ってしまうのだろうか。

ただ、今は豊かな人生を与えてくれる仲間・友人にに感謝しつつ、
人生の記録をこうして綴っていこう。
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