100人の村の日記

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昨日は「100人の村」が放映されたこともあり、急速に100人の村に注目が集まったようだ。

多くのコメント・トラックバックもいただいた。
皆さん、どうもありがとうございます。

今日は100人についての色々なブログの意見を読んだ。

実に興味深い。

ブログオーナーの意見はいくつかに分かれている。

①自分の境遇の豊かさに気付かされ、気の引き締まる思いだ。

②なにかしたいが、なにをすべきかわからない。

③周囲の人間・政府はなにをしているのか?!

④お涙頂戴の番組なんてくだらない。

まぁ、こんなところだった。


特に若い人たちの意見では、
周囲の人々の援助・生活保護などの責任ではないのかという意見が目に付いた。


人間の生活を豊かにするのも、貧困にしてしまうのも、
その原因は「想像力」だ。


たかだか60年前の、我々の父世代の時代。
戦争により豊かだった生活は破壊され、悲惨なまでの状況になった。

東京では闇市が開かれ、身の回りのものを売ってしのいだ。
戦災孤児は、ごみをあさり、生き延びた。
体を見知らぬ男に売るしかない女性もいたことだろう。
今の北朝鮮や、昨日の子供たちとさほど変わらない。

今の日本は世界2位の経済を誇り、豊かな生活を謳歌しているが、
それとて砂上の楼閣だ。

食料の自給率は低く、中国・アメリカからの食料が途絶えれば、
主食はさつまいも、芋以外では夕食に魚が一切れ。
牛乳は6日に1杯。肉は9日に一切れになるとの試算が出ている。

それに付け加え、出生率は低下し、経済レベルは落ち込んでいく・・。

日本が昨日の子供たちのようにならないとは、限らない。


600円の薬のために血を売ろうという母親がいるかと思えば、
日本では数十万の仕送りを得ながら、女性を監禁、反省しない男もいる。


ボランティアを偽善・くだらないというのは結構だが、
やはり想像力が欠如しているように思える。



現在の日本にも、困窮の為に自殺するものもいるし、
あいりん地区などでは凍死者さえいる。



我々が明日そうならないなどという保障はどこにもない。


それでもなお偽善といえるのかどうか・・。
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