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真っ直ぐ立つ。

真っ直ぐ歩く。




人に「あなたは真っ直ぐ歩けますか?」と問いかければ、多くの人が「歩ける」と答えるだろう。

なにを当たり前の事を聞くのだとあきれながら。




しかし、街に出て5分間、道行く人々を見てみるとよい。

驚くほど・・そう・・驚くほど、真っ直ぐ立ち、真っ直ぐ歩く人は少ない。

嘘ではないから、見てみるとよい。

前を歩く人で、正しく真っ直ぐ歩く人を見かけることのほうが少ない。




田舎と都会では、都会のほうが真っ直ぐ歩く人が多いが、真っ直ぐ歩けない程度がひどいのも都会である。




何故、真っ直ぐ歩けず、真っ直ぐ立てないのか。

それは「意識していないから」である。




私はあるビルの中で働いていた時、就職の面接に人と対応した後、履歴書を投げ出して窓際に立ち、たった今お辞儀をしてドアを閉めた人物が、外に出た時どう歩くか、どういう行動をするかを、見ていた。

私の独断だが、使える人物は、歩く・止まる・立つという行動が美しい。

A地点からB地点に向うと言う、これ以上ない単純行動だが、意識しているものとしていない者では、おのずと差が出る。

意識していると言うことは、状況判断が出来ているということに繋がる。

個というものを意識して、集団の中の空間把握が出来ると思っている。




人の美しさと言うものは、着ている物・食べている物・持っている物に比例しない。

人の美しさと言うものは、佇まいにこそ現れると思っている。




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40も超え、深夜に帰るのでなかなかテレビを楽しむと言うことも無いが、数年前柄にも無くひとつのアニメをずっと見ていた。

毎週日曜の夕方を楽しみにしていたと言っていい。

「鋼の錬金術師 フルメタル・アルテミスト」である。



2人の幼い兄弟が、亡くなった母を甦らせようと錬金術の禁忌を犯し、身体を失い、それを取り戻そうとする旅の過程を描いている。

アニメと言え、64話構成で、番組編成で言えば4クールぶっとうしの大作で、大人の鑑賞に堪える物語であった。

1年以上に渡る放送で何度か涙も流した。



その最終話、彼らは父を失いながらも体を取り戻し、旅を終える。

そしてこんな言葉が物語を締めくくった。




痛みを伴わない教訓には意義がない。

人は何かの犠牲無しには、何も得る事は出来ないのだから…

しかし、其の痛みに耐え、乗り越えた時、人は何物にも負けない強靭な心を手に入れる…そう…鋼の様な心を・・





年を重ねた今だからこそ、響いた。




私は、今歯がゆい想いでいる。

会社の若いスタッフをどうしたものかと考えあぐねている。

チャンスをもらったのに、思った以上に大変でやりきれないと放置し、見かねた私が手を貸せば「じゃ、宜しくお願いします」的態度で、もう私の仕事じゃないから・・という思いでいるように見える。




10年間業界を渡り歩いてきた私から見れば、よちよち歩きの赤ん坊である。

が、本人はいっぱしのデザイナー気取りでいるように感じる。

その人物が、仮に他のショップに移ったら・・・断言できる。通用しない。



だが、水を飲みたがらないものの口を水に押し付けて飲まないのも真実。

怒って叱り、なだめて褒める。

だが、その境遇に胡坐をかき、それが当然と感じているように見える。



堪えて育てるべきにも思う。

水泳を教える親のように、外の世界に叩き込むべきかとも思う。

逡巡している。



私の身にも覚えのことであるし、私も育てられた。

しかし、一番の経験は、自分が通用しない実力だと思い知って、これではダメだと決意してからが本当に血肉になった技術と言っていい。



今の会社では生かせないかもしれないが、水に叩き込んでやることで本人の為とするべきか。

それとも、そのままおぼれるのを見捨てず、手を差し伸べるべきか。



痛みの無い教訓は意義が無い。

経験に勝る知識は無いのである。



だが、非常になりきれないわが身が恨めしい。



と、かつて日本を代表するファンドの代表が記者会見で口にしました。



どうでしょうか、どう思われますか?



この言葉は、何故お金を稼ぐのかということに繋がります。



言い換えれば、何故勉強、学ばねばならないかと言う質問に行き着きます。




私は7年前、埼玉の片田舎に仕事の都合で越してきました。

2年間ほど、お子さんのいる女性とお付き合いした事がありました。

別れの発端は、子供の教育方針に異を唱えたからでした。

中学のテストで30点しか取れなかったと聞き、机に縛り付けてでも勉強させるべきだと言いました。

彼女は「本人がしたくないんだから、無理してさせたくない」

私は「では勉強させず、高校進学できなかったり、最低の高校に進学して高卒で終わったらどうなる」と答えました。

続けて、高校を出て、地域の工場に就職し、工員と知り合って結婚、そして同じ事を繰り返すスパイラル。

それを飛び出すには、強固な意志に基づいた勉学しかないと答えました。





しかし、その言葉に自分を否定されたように感じた彼女とは、その日を境に距離が生まれました。

何故なら彼女がそのとおりの人生を歩んでいたから・・。





何故、金を稼ぐ必要があるのか。

何故、勉強する必要があるのか?





答えはひとつ。




選択肢を持つため。

より多くの選択肢を持つためです。




大学に行かないと、大学に行けないは、結果は同じでも意味が違います。

子供が不治の病に冒された時、治療しないと、治療できないも意味が違います。




人生のある局面で、決断せざるを得ないときがあります。

お金が無いという理由だけで、不愉快で耐え難い道に進まざるをえない時も多いです。




その時になって、初めて自分のいる「階級」に気がつくものです。



70-80歳になったら、力まずゆったり生きるのもいいと思います。

20-40歳で懸命に頑張っても、普通の域を出られない事がほとんどなのですから。




人生、頑張ったからと言って必ずしも勝利者にはなれません。

ですが、勝利者というより・・・勝利者であり続ける人は、ほぼ全員、努力者であることは間違いありません。




私は子供や若者に「なぜ勉強しなくちゃいけないの」と、聞かれたらいつもそう答えています。

「でないと、私のようになってしまうよ」という言葉は飲み込んでいますが・・・・。


子曰、君子謀道、不謀食、耕也餒在其中矣、學也禄在其中矣、君子憂道、不憂貧、



先生が言われた。

「君子は道を得ようと努めるが、食を得ようとは努めない。

食を得ようとして耕していても飢えることはあるが、道を得ようとして学んでいれば、俸禄はそこに自然に得られる。

君子は道のことを心配するが、貧乏なことは心配しない。」





歴史を経た言葉と言うものは、迷った時にこそ正しい道を指し示す。

人間の持つ力の中で、もっとも重要なものは想像力であると思っている。

未来がどうこうと言う想像力ではない。

目の前の相手を読む想像力である。

なにも友人知人にかぎった話でも、思いやりだけの話でもない。




人間と他の哺乳類の大きな違いのひとつに、眼がある。

黒目・・瞳の大きさである。

近くに犬や猫がいるなら、彼らの瞳を見てみるといい。

正面から見える彼らの目は、ほとんどが黒い。

何故か。




なにを見ているのか、悟られないためである。

弱肉強食の世界では、何を見ているか、何に注意を払っているかを相手に知られることは、相手に先手を打たる事を意味する。

ゆえに彼らの瞳は黒一色で、何を見ているかを容易に悟らせない。




人はどうか、黒目が小さく、白目が大きい。

これはホモ・サピエンスの大きな特徴のひとつ。

なぜ我らの先祖は、目を変えたのか。

それは視線を相手にあえて見せることで、意思の疎通を図ったからだといわれている。




格闘技では、手や足の技のフェイントのほかに、目のフェイントがある。

例えば相手の足に視線を送り続ける。

相手は、足に的を絞られたと思う。

しかし、足に視線を送ったまま、相手の頭を狙い蹴りを放つ。

これは相手の意思の裏をかいているわけだ。




人は愛する人には相手の望む事を、憎い相手には最もされたくないことをする。

愛と格闘技は似ているとつくづく思う。




ただ我々は愛する人と憎む相手だけに囲まれて生きているわけではない。

ほとんどは名も知らず話す事無くすれ違うだけの存在である。

だが、人の持つ想像力は些細な所作に現れる。

濡れた傘の持ち方一つ、後ろを歩く人への意識、そんななにげない所作に、その人物の想像力が現れる。




想像力の無い人の行動と言うものには、美しさが無い。

そして何より確かな事がひとつ。

想像力のない人物は、想像力を持つ人物には決して勝利できない。

これはあらゆることで証明されている。
まもなく長く短い1年が過ぎようとしている。

ありきたりな言葉だが、厳しい1年でも逢った。

自分が死ぬ時、また同時代を生きた人々が決して忘れる事のない強烈な体験を伴う1年だった。



あの日の午後、経験したことのない長い揺れが幕開けであった。

家具が倒れ、散乱する部屋の中で、「もうだめか」と思った。

多くの人々が同じ事を思ったことと思う。



私の母の故郷の福島小高区は、津波に襲われ、原発事故に襲われ、今も尚立ち入る事が出来ない。

母の墓を訪れることはもう出来ないかもしれない。



この1年、多くの事を聞き、見て、考えた。

人を救おうとする人、2万人が亡くなった震災をビジネスチャンスと考える人。

物資提供に並ぶ子供、ラーメンを買い占める大人。

決死の自衛隊、原発反対を叫ぶ共産勢力。




今尚、問題山積みである。

震災のガレキは5パーセントしか処理されず、被災地に山積み。

そして各都道府県は住民に反対され、協力できない。

が「繋がろうニッポン」とテレビは叫び続ける。



多くの子供達は、きっと思っていることだろう。

「大人は本当に嘘つきだ」と。

言葉では協力と言いつつ、その両手は相手を拒んでいる。



戦後70年、本当に日本は見下げ果てた国になってしまったと感じている。

痛みを知らない人間は、人の痛みを共有できない。

華やかな都心を歩くたびにそう思う。



私はもう浮かび上がれず、人生の着地点を諦めた人間だが、その点では幸運である。

負け、捨てられ、誰にも振り向かれない。

その視点を持てたことは、幸運であると思っている。



まもなく震災1年。

震災で亡くなった多くの同胞のご冥福を改めて祈りたい。

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