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最近、生活が充実している。

真面目なサラリーマン生活もなんとか身に着きつつあるし、
帰宅してからもネットのサイト作成などの仕事もある。

戸惑ったり、時折怒ったり、笑ったりしながらも、
周囲と人間関係を築きながら、何とか世の中を渡っている。

昔の私なら、「それがどうした!アホかっ!」と小馬鹿にしたことだろう。

当時は現在の5倍以上の収入があり、好きなことばかりしていたし、
消費にとりつかれて、遊びほうけていた。

ネットであるシステムを構築して、遊んでいても金は入ってきていたから、
真面目にコツコツなど小馬鹿にしていたものだ。
人生の絶頂期だと確信していた。

大病をして、生きるか死ぬかを味わい、縁あって現在の職場へと辿り着いた。

最初は当然不満だらけで、ふてくされていたが、
現在では幸せだと感じている。

人間関係も以前のようにぎすぎすしたものではないし、
自分という者を以前に比べると、晒す事が怖くなくなっている。

今では収入もがた落ちで、給料日を待ちわびるしがない勤め人だが、
平穏な日々の価値と言うものを味わう毎日を送っている。

大病をきっかけに、ほぼ全ての収入を失い、これ以上ないだろうというようなどん底を味わった。



「明日・・いや・・今夜、どうやって生き延びよう・・」


そんなひりひりするような焦燥感の薄ら寒さは、
忘れようとして忘れられるものではない。



我々は皆、バケツを持っている。

あるものは財力をバケツに入れ、あるものは愛を入れ、またあるものは知恵を入れている。

なにかしらをバケツに入れ、生きている。

問題はそれを何に使うかだろう。

昔の私のように亡者のように浅ましく、一人で飲み干そうとする者もいれば、
乾いた喉をなだめながら、持つもの全てを分け与えようとする者もいるだろう。

困窮の余り、死を選ぶ人がいる。
雨風をしのぐ為、ファーストフードにコーヒー1杯で寝泊りする若者がいる。

彼らの家は燃えている。

それを見て、我々は「誰か水をかけてやれ」と口々に言っている。

その手に水の入ったバケツを持ちながら・・。

自分の家は燃えないだろうと根拠の無い確信を信じつつ・・。

彼らの家が燃え落ちて、断末魔の叫びが途絶えた時、
彼らの親族の「あなたは何故、その水をかけてくれなかったのですか」という問いかけに、どう応えたらいいのだろう。


以前住んでいた新宿には数百人の居場所を持たない人がいた。
ベンチに腰掛け、どうしようどうしようと不安と戦っている者も未だにいるだろう。

今住んでいる田舎町では、ほとんど見かけない。

皆、実家に住み、知り合いに囲まれて笑っている。

だが、昨晩愛犬の散歩に出かけた際、ある男性を見かけた。



今、彼に何をするのが彼にとって最善なのかを考えている。

今、私になにをさせてもらうことが、私にとって最善なのかを考えている。

今、私のバケツの中身が問われていると考えている。
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