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友人。

辞書で調べると、ともだち・朋友・友とある。

友人と言う言葉は、普段の人間関係の中でもありふれている。

「僕の友人の~」「私の友達がね~」


友達と言うものは、いったいなんだろう。

自分を発展させてくれるものだろうか。

自分の為に泣いてくれるものだろうか。

それとも、自己の利益の為に有利に働く者の事だろうか・・。


30代も半ばを過ぎ、こんな青いことを言って大変お恥ずかしいのだが、
世間で言う「友人」なるものの定義があまりにもあいまいで、ふと迷うことが多い。


私が、この星で友人と呼べる者は少ない。
5人ほどだろうか。
1人は既に他界している。

私に2-3回会っただけの人物に、誰かを紹介してもらった時になど、
「友達のキャプテン☆山手」といわれると「えっ!!」と驚いてしまう。

心の中で、「君はただの知り合いではないか」などと思ってしまう。

友人というのは、価値観を共有する必要がない。
それでは、単なる停滞した人間関係に過ぎない。

主義主張が違い、怒鳴りあい激昂してもよいが、
心の奥の奥を気遣い、その人物の為ならどんな恥でも受け入れ、
笑って自分の損になることを平然としてもいいと思える人物のことではないだろうか。

よほど癖のある人物でもない限り、他人を気遣い、思いやりを持つ。
1人きりでは生きていけないから、他人との関連性を構築していこうとする。

相手との距離を測り、互いに容認できる間隔を保つ。



ヤマアラシのジレンマ。


寂しいからと近づけば、相手の棘が刺さり、自らの棘で相手も傷つけてしまう。

離れれば、また人恋しくなり、また傷をつけてしまう。


言ってはいけない言葉、掴んではいけない掌。

それでも掴んでしまいそうなことがあるのは、よくわかる。


掴めば相手も引きずり込んでしまう。

その時、はっとして相手の手を離せるかどうか・・。

真価が問われるのは、そんな時だろう。



親友とまで言わないまでも、限りなく友人に近い存在と思い信じていた人々が、
ひとり、またひとりと、櫛の歯が欠けていくように消えていくのを見るたびに、
ついそんなことを考えてしまう。
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