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昨日の日記は、言いすぎちゃいました♪

今日はお詫びの代わりに、褒めます。





世間では社民党議員は無視に近い扱いを受けています。

酷いです。差別です。

社民党議員は日本人を無視している政党など言いがかりをつけられています。

日本の議員で日本人を無視するなどありえません。

でっち上げです。


そこで、社民党議員をほめます。ほめたたえます!


この際、日本人のことはまるっきり無視してほめます。


社民党 今川正美・元衆議院議員は海外派遣される自衛隊員に向かって
「お前ら死んで来い!」と言いました。

普通このような酷い言葉は言えませんが、本音を素直に表す発言ではないでしょうか?

この人でなし…じゃなかった、素晴らしいです!立派です!

さらに社民党 金子哲夫・元衆議院議員は非武装の覚悟を
「武力で抵抗するよりも、非武装で殺されることになれば、その道を選びますと言いたいと思います。」
と言い切りました。

この売国奴…じゃなかった、ここまで非武装に徹しきれるとは素晴らしいです!立派です!

また、社民党 渕上貞雄・参議院議員は先ほどの金子・元議員とともに、
朝銀問題で朝鮮総連本部に強制捜査に入った警視庁に総連幹部とともに抗議に行きました。

普通このようなことをすると、「北朝鮮にコメを送れという議員は間違いなく総連から金を貰っている」と噂されるのに、「私は総連からお金を貰っています」と公然と言うようなものです。

堂々としています。素晴らしいです!立派です!


拉致被害者の有本さんのご両親が元党首土井たかこ先生に助けを求めた時、朝鮮労働党と社民党との友好関係が壊れることを心配して、土井たかこ先生は、徹底して無視しました。

日本人がテロにあっても、平和を脅かされても、党同士の関係が大切と、大局的に物事を考えます。

日本人の平和よりも党同士の関係が大事とは!考えの深い方です。立派です!

社民党と労働党の友好のためなら、平和はどうでもいい人です。

その他にも、北朝鮮のために、朝鮮総連との絆が深まるようにパチンコ団体から献金を受けたり、金親子のお誘いには喜んで訪朝し、テロ資金規制法で北朝鮮が困らないようにということで党を挙げて反対したり、北朝鮮がテロをしやすいように在日米軍を徹底的に非難し、自衛隊にも非難を浴びせます。


さらに、日本が北朝鮮にお金を援助させるための理由づけとして、強制連行、従軍慰安婦のでっち上げを応援し、裁判で罪が明るみになった、拉致実行犯で北朝鮮のスパイ辛光洙を釈放させるために、署名までしました。


有本さんが日本に手紙を送ったことを、北朝鮮に連絡したといわれています。

書ききれません。狂って…いえ、北朝鮮のためなら何でもしています。立派です。



このように社民党の議員の方々は立派な方ばかりです。


社民党の元議員の皆さんが落選するとは日本の国民も民度が落ちたものです。

こうなったら、外国人参政権を早く成立させ、在日朝鮮人の方々に票を入れていただくしかありません。

それよりも社民党議員の皆さんはいっそのこと地上の楽園である北朝鮮に移住するのはどうでしょうか?

今までの功績から、平等の国北朝鮮で特権階級として迎えられることでしょう!

朝鮮共和国が飢餓があるとか、拉致・麻薬売買をする犯罪国家とか、軍事国家などというのは右傾化したマスコミのデマです!

惑わされてはいけません!
一刻も早く社民党議員は共和国へ行って下さい。











どうですか、このくらい褒めておけば、昨日の埋め合わせになりますか?


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最近は政治的なことを書かないようにしていたのだが、本日は少しだけ書きたい。

先日、「朝まで生テレビ」を見た。

米軍再編などがテーマだったが、いつものように議論のための議論である。

まぁ、それはよい。

「例の」社民党の福島瑞穂と共産党の議員が仲良く出席、
ひげ面のいかにも左というNPOのおっさんも出ていた。

彼らいわく、今回の米軍再編には反対。自衛隊にも反対。安保にも反対。
国連決議に基づいた派遣にも反対。米軍への予算にも反対。

ようするに金も出したくないし、血も流したくない。
軍備は捨てて、裸になろう。と言うわけだ。

「外国が攻めてきたらどうする?」の声に、
「攻めて来ませんよ」「話し合えばいいんですよ」

台湾は過去に中国に3度も手を出されているし、周辺の国々も散々やられているのだが・・。

今の方法論を否定するのはいいが、それなら対案を出すべきだろう。
それとも米軍追い出して、在日中国軍でも置く気だろうか・・。

福島瑞穂の顔を見ていたら、冗談や冷やかしではなく、
心の底から、本当に心の底から、恐ろしくなった。

あれは、人の顔ではない。ぞっとした。

政権を取る能力が無いから、まだ救いがあるが、
やはり共産主義者は魔物である。



福島瑞穂は以前、同番組でこんな発言をした。




福島瑞穂「警察官の拳銃使用は絶対だめです。犯罪者にも人権があります。
例え凶器を持った犯人にでも警察官は丸腰で確保すべきなんです。」


田原総一朗「それで警察官が殉職したら?」

福島「それは警察の職務ですよ。」さらりと簡単に言う。

会場「ええ!!??っ」という驚愕の声が響き渡った。福島も気まずくなり、

福島「それに犯人が抵抗したら無理して逮捕する必要ないと思うんですよ。逃がしてもいい訳ですしぃー。」

田原「じゃ、その犯人が別の殺人事件起こしたら?」

福島「それは、それで別の問題ですしぃー」

福島 「ですから、日本はスイスのような平和中立国を目指すべきなんですぅ。」


田原 「スイスは国民皆兵制で、一般家庭に自動小銃が有る国だよ。」

福島「いえ、例えばスウェーデンみたいな中立国もあるわけですしぃ…」

田原「スウェーデンはナチに協力して中立を守った国だし、今では武器輸出大国だよ。」

福島「えーと、ベルギーのように歴史的に中立を貫いた国もあるんですぅ。」

田原「ベルギーみたいに何度も外国軍に蹂躙されてもいいの?」

福島「・・・・」




こんな馬鹿が、一党の党首である。



平和な国になるにはなったが、こんなことでは戦死した先人も報われんわ。
もう12年も経ってしまったらしい。

恵比寿のぼろアパートで、深夜ワクワクしながらテレビをつけた。

言葉を詰まらせ、目を腫らした3人のレポーター。

「モナコ・マイスター」アイルトン・セナがサンマリノGPで激突死。



モナコ・マイスターの称号を受けたものは、4人しかいない。

グラハム・ヒル、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハ。

グラハム・ヒムは堅実な走りで、プロストは冷徹な計算で、
シューマッハはマッチョとも言える走りで、その名を勝ち得た。

セナは彼らとは違い、極限まで自己を削るような走りと、
運命的なものを感じさせる神がかり的な何かがあった。

私はセナというドライバーが、さほど好きではなかったが、
それでも彼には「なにか」を感じさせるものがあった。

私が最も好きなF1パイロットは、ナイジェル・マンセル。

1週目で飛び出し、2週目で1秒差、3週目で2秒差、4週目で帰ってこないような豪胆な無法者。




92年のモナコ。

私が知る限り、F1最高のドラマチックなレース。

ポールポジションはマンセルの唯一人1分20秒をきるタイム。

スタートはセナがパトレーゼをかわして2番手。

マンセルはジリジリとセナを突き放し、モナコ・マイスター敗北の予感。

しかし、リアタイヤ破損、72周目になってウイリアムズのピットにタイヤが用意!!!

マンセル、緊急ピットイン!セナとのタイム差は28秒!

レースは残り7周。

タイヤ交換中に、セナがトップに!!

セナファンの喜びもつかの間、ニュータイヤを履いたマンセルが、
1,22,974のファーステストラップをたたき出す。

しかしここはモンテカルロ、抜けない抜かせないセナ。

トンネルを駆け抜けてシケインのとび込みはホンダエンジン有利!
しかし、マンセル1,21,598 圧倒的に速い!



テールトゥーノーズ!!!!!!



マンセルの開幕6連勝、モナコ初勝利なるか、それともセナ、モナコ4連勝なるか。


セナはマンセルを神がかり的な走りで抑え続け、モナコグランプリ優勝。





当時はあまりの悔しさに血液が沸騰するように地団駄踏んだものだったが、
素晴らしい、本当に素晴らしいレースだった。


マンセルはF1を去り、セナも星になった。


現在では当時の若手だったシューマッハがマイスターと呼ばれ、
一時代を築くものの、かつてセナがそうだったように、今は彼が若手に苦しめられている。

奇しくも今年のサンマリノでは、シューマッハは、66度目のポールポジション。
セナの記録を抜いた。

かつてのセナのような立場になったシューマッハ。

今年のモンテカルロ。

名門フェラーリを駆る彼が勝つか、新鋭アロンゾが新しい時代を開くか。

F1を見始めて、20年。

モナコを見るたびに、ドラマチックななにかに期待してしまう。


F1サーカスはこうして巡るのである。

おかしい・・。

ありえん・・。

・・うーん・・( ̄_ ̄♭)

今は21世紀だが・・我が家には洗濯機がない。

10年で3台ほど買っているのだが、みんな知り合いにあげたので無い。

埼玉と言えども、近所にコインランドリーはあるので、普段はそこを利用している。

雨が降ったり面倒くさい時は、風呂に入る時に洗っている。

「洗濯~♪洗濯~♪ジャブジャブ♪」などと歌いながら、おパンツや靴下を洗って、
洗濯バサミのいっぱいついた四角い奴で干している。
(正式名称は知らん)


んで、そのまま取り込んだりしているのだが・・。


ワイシャツはちゃんとある。Tシャツもある。おパンツもある。


だが・・・。



靴下が無い!!!

いや、ここは正確に言わねばなるまい!!


片方しかない!!!


靴下を履こうとするときに限って、片方しか見つからない。

言っておくが、別に靴下1つしか持ってないわけじゃないよ。

10も20もあるはずなのである。

だが、現在では10も20も片方だけあるのである・・。


何故だ!!犯人は誰だ!!

Σ('=';) ハッ!!

ブログで散々悪口書いた社民党か?いや、中国共産党情報部か?
いや、もしかすると朝鮮総連青年部の犯行かも・・。

それともこの部屋の前の住人は靴下に未練を残して死んだのかも知れん・・。
恨みの門でイズコに「お履きなさい」とか言われているのかも知れん・・。


先週なんて会社に遅れそうなのに靴下見つからんから、
仕方なく真冬用の毛糸靴下はいて行ったんだぞ!!


くっそぅぅぅ。有り金はたいて靴下買い占めたろか!!
1997年10月11日。

わしは東京ドームにいた。

今では格闘技の興行として確立され、世界に配信されている「プライド」初回開催。

高田vsヒクソン・グレイシーがメインイベント。

だが、わしにとってそれ以上の期待を持って待っていた男の試合があった。

黒澤浩樹という男の試合である。

この黒澤という男、格闘技ファン特に空手ファン以外では、知る人も少なかろうが、
化け物である。

1984年の第16回極真全日本空手道選手権大会に初出場し、
恐ろしいことに史上最年少で初優勝する。

ちなみに言っておくが、極真はそこらへんの空手道場とは違うフルコンタクトの殺し合いをしているような化け物の集団であり、世界最大の格闘集団であり、その全日本を制するというのは、打撃では日本一、その戦闘力は世界に通じるという意味である。

第4回全世界空手道選手権大会での対P・スミス戦では、歩行不可能になるまで闘い、
第8回ウェイト制大会での七戸戦では、左薬指の骨を露出させた開放骨折のまま試合を続けた剛の者である。

わしの敬愛する角田信朗も、彼にはボコボコにされ、1RKOされている。

その日、プライドではメインダートというオランダの巨漢と戦い、
組み付かれ投げられ、着地の際に足をひねり、膝前十字靱帯、内側靱帯が完全断列、ハムストリングス筋断列というアクシデントに襲われる。

常人なら泣き叫び、正気を保つのさえ難しい激痛であったはずだが、
恐ろしいことに彼は立ち続け、そのうえ物理的に立てるはずの無い足で、ローキックを打ち続けた。

試合には敗れた。

リハビリに苦しみながらも復帰を果たし、K1などで若手の壁となり続け、
現在では東京都中野で道場で後進の育成にあたっている。

荷物を整理していて出てきた空手をやっていた頃の胴衣を見て、
ふと彼を思い出した。

苦しい試合の中の最中は、「膝さえつけば、楽になれる」「倒れてしまえば、開放される」「何の為にこんなに苦しい事を・・」と思ってしまいがちである。

少なくとも、わしは滅多打ちにされている時、繰り返しそう思ったことがある。

何度も腰砕けで這い蹲ったこともある。奥歯もほとんど折られた。

「運が無かった」「相手が悪かった」「仕方ない・・仕方ない・・」

正当化をしようとするが、「天知る地知る、我が知る」である。

今にして思えば、試合も、現実の世界もそう変わりはしない。

1度手にしかけたもの。指先は触れたもの。手に入れられると確信したもの。

それを掴みそこね、言い訳しつつも、その敗北の原因は他ならぬ自分が選んだ選択ということを、心の中では知っている。

ぬぐってもぬぐいきれない敗北感。

その味を知っているかいないかと言う差は、とてつもなく大きい。

「もう2度とあんな想いは・・」と思えば、耐えられない事はあるまい。

少なくとも、明日というなんでもない1日、玄関を開け、世の中という試合場に上がる時は、帯を締めなおし、十字を切って、試合終了の太鼓が鳴るまでは膝を着かない覚悟で行こうと思った。

黒澤のように不屈とは行くまいが、意味の無いことではあるまい。

そんなことを思った夜更けである。押忍。
愛の甘いなごりに あなたはまどろむ♪

 天使の様な そのほほえみに♪

  時は立ち止まる♪

   窓に朝の光が やさしくゆれ動き♪

    あなたの髪を ためらいがちに染めてゆく♪



美しい人生よ かぎりない喜びよ♪

 この胸のときめきを あなたに♪

  この世に大切なのは 愛しあうことだけと♪

   あなたはおしえてくれる♪



こんばんわ、松崎☆キャプテン☆しげるです。ペコリ(o_ _)o))

松崎しげる最高!!!愛のメモリーヽ( ∀ )ノ フォー!!

いいよねぇ・・愛のメモリー・・。

わし的コラム日記でも雅夢や古内東子、柴田淳などを書いてきたが、
やはり真に語るべきは、「しげる」!!!

かつてはヒット曲が歌謡曲と呼ばれ、国内だけが活躍の場だった時代に、
ヨーロピアンポップスの殿堂と呼ばれたマジョルカ音楽祭で、
まったくの無名であったにもかかわらず、初登場で最優秀歌唱賞をとった伝説の楽曲。

30年の月日が流れ、レコードもカセットも無くなった時代に、
マックの音楽配信サイト『iTunes Music Store』が日本での配信開始。

アユだが、ビーズだか、なんだかよくわからん曲が溢れる時代に、
しげるが快挙達成!!!

なんと「愛のメモリー」が、ダウンロード数最高第3位であった。

のちになつかしの楽曲を購入することを「シゲる」と言うようにまでなり、
ネットを中心にブームが巻き起こる。

作詞のたかたかしさんは、万葉集の一節から藤原鎌足が妻をめとったときに詠んだ一節を元に、
念願かなって、最愛の女性と結ばれた男の喜びを情熱的に力強くまとめ上げ、
奇跡の楽曲と称えられた。

ある意味、典型的な男唄なのだが、何度聞いてもいいよねぇ。

喜びが沸き起こると言うか、仕事するぞぉぉというか、初心に帰るね。

日本人男性がみんなこの曲を口ずさむようになると、不倫は無くなり、
恋人・奥さんたちは輝きだし、少子化は無くなり、離婚率は0、
素晴らしい国になるんじゃないか。

まぁ、ちょっぴり暑苦しいが・・よいではないか、よいではないか。


とにかく・・・


松崎しげる最高!!!愛のメモリーヽ( ∀ )ノ フォー!!


美しい人生よ かぎりない喜びよ♪
 この胸のときめきを あなたに♪
  二人に死がおとずれて 星になる日が来ても♪
   あなたと離れはしない♪
    ハァーーーハァーーー♪
     ハァーーーハァーーーヽ( ∀ )ノ



人生、苦しいことも多いが、やはり謳うべきは愛である。
サッカーワールドカップである。

早いもので、もう4年の月日が流れ、今回の舞台はドイツ。

日本は3大会連続出場の快挙。

前回は開催国枠であったが、それにしても3大会連続は快挙である。

で・・・。

今回のワールドカップ、特に1次リーグだが・・・。

正直なわしの予想は・・。

1次リーグを突破する確立は、よくて20パーセント位ではないかと思っている。

ブラジルは、ここ10年の中では最強と言っていいセレソンだし、
クロアチアは、ワールドカップ3位の経験もあり、カウンターを得意とする強豪。
オーストラリアは、対日本戦はほぼ五分と言っていいが、タレントはそろっている。

・・うーん・・( ̄_ ̄♭)

1次リーグ突破は4か国中2カ国だが、ブラジルがいるので、
実際には日本・オーストラリア・クロアチアで、1つの枠を争う。

初戦は、オーストラリア。

今大会は初戦の90分に全てが掛かっているような気がする・・。

しかも・・

確かグループFを突破したら、グループEの2カ国が相手のはず・・。

恐らく、フランスと韓国・・。

2位通過なら、相手は恐らく1位のフランス。


・・うーん・・( ̄_ ̄♭)

ベスト8は遠いなぁぁ・・。



しかし、できることならキング・カズを、控えでいいから出してあげたかった・・
先日、深夜の映画で見て以来繰り返し見ている映画がある。

正確に言うと、繰り返しあるシーンを見続けている。

2,3年前の映画、「スカイハイ」

釈由美子の主演映画であるが、そんなことはどうでもよい。

隠れた名作である「ヴァーサス」の監督である北村監督の作品である。

この監督、好き嫌いのはっきり出る監督であるが、
チャンパラ撮らせたら、日本一である。

ドラマであったテレビシリーズの映画化なのだが、
不治の病に冒された男が、妻の為にこの世を地獄に変えてでも、
呪いの力で妻を助けようと連続殺人を犯す。
その殺された被害者と、その恋人が阻止しようとして対決するのだが・・。

その恋人に力を貸す霊能者と、殺人に手を貸す女剣士の対決が秀逸である。

殺陣に入る前の静と、あざといまでの決め、直後の殺陣。

いい・・。非常にいい・・。

しかも、決めのポーズと、印象的な台詞。



「あんたの心臓、もらいに来たよ」


「そう簡単には渡さない」


あぁ、表現できないのが、もどかしい・・。


言っておくが、名画と言うわけではない。

だが、チャンバラ好きには堪らない名シーンである。


ちなみに北村監督のベストショットは、やはり「ヴァーサス」である。

ただし、レンタル店で見かけたことはない。
まぁ、わしは会社の事などは、ブログに書かない人間なのだが・・。

埼玉北部にやって来て、早1年半である。

わが社は食品会社であり、埼玉県北部に工場と配送センターがある。

配送センターの事務職として、デスクにぽつねんと座っている。

一応、経営関係者なので、本当は取締役なのだが、そうなると人間関係的にいろいろあるので、社長からは「ふつうの社員の振りしろ」と言われているので、「なんちゃって平社員」である。

他の事務職の方たちは、やれ納品伝票がどーしたとか、25日締めだからこーしたとか、そういう一般的な事務のお仕事をしている。

わしはというと、会社のサイト構築と通販サイトの準備をしている。

他の人はお互いに伝票打ったり、宅配便の手配とかしているので、
「Aさんは三越の伝票やってるな」とか、「Bさんは伊勢丹ね」とかが互いに判る。

が、わしは忙しい時こそ先輩に教えてもらいつつ、そういう仕事をするものの、普段はサイト作りの日々である。

仕事はまじめにやっておるのだよ。ウム

だが・・誰かが後ろを通るときに覗き込んでも、わしの画面はhtmlのタグの嵐である。

他の人には、理解できない暗号のようなものである・・。

ヒソヒソ なにやってるかしら?(  ̄⊿ ̄)w ̄-)フムフム エロサイトでも見てるのかしら?

ヒソヒソ 1日4合食べるらしいわよ(  ̄⊿ ̄)w ̄-)フムフム だから結婚できないのね!!

ヒソヒソ( ゚o゚)ヤダァ(゚o゚ )ネェ、キイタ?( ゚o゚)オクサン(゚o゚ )アラヤダワァ

なのである・・



以前、19歳以来にやったことのある仕事を書き出したことがある。

フリーターだったので、本人にもわからないくらい多い。

新聞配達・フジテレビの美術・高層ビルの窓拭き・建築現場の荷物を揚げる人・レンタルビデオ店店長・焼肉店店長・点心料理店店長・オフィスビルの床を貼る人・雑誌の編集者・パソコンサービスのメンテナンス・宣材撮影のカメラマン・スタジオミュージシャンの管理業務・タレントのマネージャー&ディレクター・不二サッシの工事現場・ペンションのマネージャー・腕時計店の経営・アクセサリーのネットショップ・バイクに乗ってひたすらポスティングする人・新薬の実験台・・・・・

書いていたら40を軽く超える・・。

山梨大月のリニアモーターカー用のトンネル掘りにも行ったし、
東京駅の天井も磨いたし、
マネージャー時代には、アイドルの代わりに熱湯風呂にも入らされた。

ちなみに横浜ランドマークタワーの屋上の扉を取り付けたのは、わしである!!!
(意味はない)


過去の仕事一覧をみると、体力勝負のガテン系、わしが親分!言うこと聞けの責任者系、
思いつきとアイデア勝負のクリエイティブ系なのである。

ようするに30代半ばにして、初のサラリーマンなのである・・。

今までの仕事のように、重労働で疲れきることもないし、激務で寝れないこともない、職場を切り盛りする必要もない。

サイト構築以外の仕事を手伝っても、ただ黙々とルーティンワークの連続で、
「あぁ、誰かここで突拍子も無く歌い出してはくれまいか・・」などと違う世界に行ってしまいがちである・・・。

机に飛び乗り「キミ達は、それでいいのかぁぁぁ!!!天下を目指せ!天下をぉぉ!!」
と叫びたくなるのだが、なんとかこらえている・・。

しかしである・・。

向かいに座っている40代のおじさんは、この事務仕事を20年以上続けていると言う・・。

最初の頃こそ「自己表現も無く、腕一本で稼ぐ度量も無く、9時5時で坦々と何の面白みもないのに・・」と思っていたのだが、1年半を過ぎ、印象が変わって来た。


なんか最近、彼がとてつもない哲人に見えてきたのである。

改めてみれば、隙の無いスーツ姿に、洗練された伝票さばき。

タイマーでも入っているかのような時間の正確さ。

お弁当を開く姿は、まるで茶人のような立ち居振舞いである。


あぁ、ここは事務職の唐天竺か!!


わしのように「だいたい」「おおよそ」「なんとなく」を行動の指針にしている人間には到達できない計り知れない世界である。


キャプテン「先輩、売掛金って何ですか?」

先輩「(;・∀・)ハッ?今、君なんて言った?」

キャプテン「(・ω・ ) はよ答えろ」

先輩「(´д⊂)‥ハゥ」



キャプテン☆悟空、三蔵法師に導かれての事務職の聖典探し、

天竺は遥か彼方のようである・・。
アフィリエイトという言葉。

このブログを読んでいる方は、当然ネットを理解している方が多いと思うので、
聞いたことくらいはあるという方が多いだろうと思う。

アフィリエイトとは、簡単に言えば個人がサイトを作成し、
そのサイトに広告を記載する。
その人のサイト経由で、商品注文などが発生した場合、契約に応じた報酬を得ることが出来るというシステムのことである。

楽天やアマゾンのように名の知れたアフィリエイトを行っているサイトでは、
商品価格の1―3パーセントを報酬として得られる。

つまり、Aさんのサイトである商品を知り、そのリンク経由で誰かが、
100円の商品を購入すると、Aさんは1円もらえると言うことだ。

簡単そうに聞こえるし、実際に導入自体は難しくない。

だが、アフィリエイトを行っているサイトオーナーの95パーセントは、
1ヶ月の報酬は3000円以下であるという。

実際には、1ヶ月1000円以上稼いでいる人間は、ネット人口からすれば、
ほんのほんの一握りである。

私も2年前に始めた。
当時はサイト構築自体に慣れておらず、顧客誘導のこつも判っていなかった。

毎日パソコンと格闘すること1ヶ月。
その月のアフィリエイト収入は・・・・。

7円でした!!!

┌( ̄0 ̄)┐ ワーッハッハッハッ・・・・

時給で言ったら、1厘位だろうか。


2年経ち、今ではサイトも20数個運営している。

このサイトと本館では、サイトの趣旨に反する為、広告は一切出していないが、他のサイトでは出している。

1番大きなサイトは1年間で、35万ヒットのアクセスに達したが、
それでもそのサイトのアフィリエイト収入は月5万程度である。
他のサイトを全部足しても、8万越えは難しい。

はっきり言って、年間35万ヒットのサイトを作るのと、
月に5万分の残業やバイトをするのでは、残業の方が断然楽である。

私は現在の勤めの前はネットでアクセサリー販売サイトを運営しており、
オークションも含めて、年間2千万近い売り上げを出していて、
ノウハウもそこそこあったし、パソコンにも慣れていた。

それでも、月8万程度のアフィリエイトに2年掛かった。

でも、まぁそれは知名度のある「まっとうな」アフィリエイトだけしているからで、
そうでない人たちもたくさんいる。

いわゆる「情報販売」というやつで、聞こえはいいが怪しい情報を
数万で売りつけたり、情報を買う人間をサイトを通じて紹介すると何千円もらえるという、まっとうでないアフィリエイトをやっている人たちは、おそらく相当稼いでいる。

見たことあると思うが、「普通の主婦が1日で30万稼いだ!!」とか、
「権利収入で働かなくても月100万の収入が!!」みたいなやつだ。

とはいっても、そのシステム自体限りなくネズミ講的側面もあるので、
もうけているのはトップに近い人だけ、下の人たちは成功を夢見つつ、
金だけ取られているのが真実である。

学生時代に読んでいた漫画雑誌の一番後ろに乗っていた「つけるだけでモテモテネックレス」とかに近い。

まともな人間が考えれば、だまされないのだが、欲の皮が突っ張っている人たちは、コロッとだまされている。

大体、そんなにもうけているなら「なんで無料のHPスペースでサイトを作っている?」と聞いてみたいし、第一私がそんなにもうける手段を知っていたら、たった数万でそんな情報は売らず、独り占めすると思うね。

実際、私がネットで月100万以上稼いでいた時、
その仕組みを教えたのは、(元)連れひとりだけである。
他人にそうそう教えるはずがない。



なんで、今日こんなことを書くかというと、そういう儚い夢に掛けようと言う人があまりにも多いからである。

私のやっているサイト作成サイトにも、そういう人がたくさん来る。

身元を隠したまま、情報販売をしたいとか、もうかるアフィリエイトサイトを作ってという人が本当に多い。

もちろん「特定商取引に関する法律」があるので、そんないい加減な依頼は一蹴しているが、本当に多い。

アフィリエイトの場合、まっとうなものでもクリックさせてなんぼ、紹介してナンボなので、いかにも簡単そうに紹介する人が多い。

だから、みんな勘違いする。

アフィリエイトサイトの最大手A8ネットのサイト登録は、30万を越えたそうだが、そのほとんどのサイトは最低支払額に達する前に諦めているだろうと思う。

どんなに無駄に思えても、こつこつと手間を惜しまないサイトだけが、成功する。

アフィリエイトは別にしても、サイト運営は「ぬか床」のようなものだ。

毎日何時間もやる必要はないが、10―15分程度は面倒を見てやる必要がある。
そういう手間を惜しまないという資質のない人間には、向いていない。

サイト運営に関して言えば、「急がば回れ」というのは真実である。
おはようさん

昨晩は深夜3時からの映画を見ようと、頑張って起きていたが、
いつのまにかにコテッと寝てしまった・・。

起きると、「大雨」の予報のはずが晴れとる・・。

食べ物がラーメンと米と肉しかないので、ヨーカドーへ。


信号待ちをしていた時に、見知らぬおばあちゃんに寝癖を指摘される。

うむ、確かに鏡は見てこなかった・・。

最近、知らん人と話してなかったので、こりゃいい!!と、

「こういう髪型なんですよ」と答える。

寝癖を指摘したお婆ちゃんの髪型も、結構すごかったので
「お婆ちゃんの髪こそ寝癖すごいじゃないですか」と言ってみる。


「受け手」から「攻め手」に回ってみた。

攻撃こそ、最大の防御である。


するとおばあちゃん、ニヤリとわらって、「こういう髪型なのよ!」。


やるな!!侮れんな!!見かけによらんな!!


思わぬカウンターパンチに崩れ落ちるわしを尻目に、カートを押して信号を渡る老婆・・。


人生、日々修行である!!精進精進!


昨晩、2人の父の姿を見た。

ひとりは、数度電話で話したことがあるだけの今は無名の若き父。
昨晩、彼は人の親となった。

ひとりは、たまたま見た映画で描かれたボクサー。

シンデレラマンと呼ばれたそのボクサーは、実力を持ちながらも、
怪我と大恐慌という時代に飲み込まれ、貧困に喘ぐ。

厳冬の中、妻と3人の幼子を抱えながら、電気を止められ、
幼子はひもじさから盗みにまで手を出してしまう。

数ドルの為に、因縁のある人々に恥をさらし、救いを乞う状況。

ある日、彼に試合が舞い込む。

現役を離れていた彼には危険な試合で、序盤から攻め立てられる。

左右のコンビネーションから、強烈な右ストレート。

試合を見守るものが彼のダウンを確信するその刹那、彼の脳裏には、
彼の帰りを待つ子供と妻の姿。

与えたくとも与えられない状況への焦燥感と後悔。

その瞬間、足を踏みしめ、自分の吐き出したマウスピースを平然と拾い、
試合を続行する・・。


女性は出産と言う行程を経た直後に、「母」という存在になるが、
男性はおそらく徐々に「父」という存在に近づいていくのだろう。


昨晩、父になった名も無き若き男。

彼と交わした少ない言葉、まだ幼さすら感じる彼の声を聞きながら、
そんな思いを感じる。

彼にも、シンデレラマンのようにマウスピースを吐き出す瞬間は来るだろう。

不条理に感じることもあれば、心無い人の非難に苦しむときも来るだろう。

だが人生の喜びと哀しみを知った彼が、昨日見上げた空を忘れることあるまい。

「母は強し、されど父も強し」である。


今はただ彼の新しき門出を祝いたい。
12年ほど前、渋谷区の恵比寿に住んでいた。

当時の恵比寿は、今ほどのお洒落な街ではなく、
どちらかというと商店街などが下町の雰囲気を残していた。

そういえばドラマ「東京ラブストーリー」も恵比寿が舞台になっていた。
カンチとリカが、雨の日に待ち合わせをした小さな駅。

山手線と、六本木へ行く日比谷線の乗り換えポイントとして使われることが多く、
駅自体も今のような大きな駅ビルではなかった。

11年前の今日、私は友人のやまちゃん・コガちゃんの男三人で、白金の品川プリンスの裏のマンションに仕事場を構え、そこに寝泊りしていた。

私が白金に移る前、恵比寿はあることでマスコミの注目を浴びていた。

間違いなく、皆さんも目にしている。

恵比寿には、ある団体がいた。

「オウム真理教」である。

初めて恵比寿に住み始めた15年ほど前は、彼らは地味にヨガ教室をやっていた。

数年後、渋谷区に大量に信者が住民票を移し、駅前で「しょうこうーしょうこうー」と、不気味な仮面をかぶった信者達が、選挙活動を始めた。

落選すると、表舞台からは消えたが、広尾高校手前のビルに本拠を構え、活動していた。

村井秀夫刺殺事件のあったビルである。

マスコミが凄かった。

あの事件の日、私も利用していた神谷町等は戦場のような風景になり、
彼らは山梨に逃げ去った。

11年前のこの日、職場の男三人がテレビをつけた瞬間に、山梨での強制捜査報道。

麻原の逮捕、その日である。

神戸の震災と、オウム事件。

あの年は、転がり落ち続ける日本を予感させる忌まわしい1年だった。


神戸や宝塚、大阪は、甚大な被害を出しながらも、数年で復興し、
現在ではあの高速道路倒壊が嘘のようである。

が、東京はあの事件以来、異臭騒ぎ、新宿駅東口での毒ガス散布計画なとの不穏な事件が続き、駅に警官が立ち続ける街になってしまった。

11年経った今も、あれだけの殺人劇を引き起こした男は、罰を受けることも無く、拘置所の塀の中で、安穏と精神障害を演じ続けている。

彼らの信ずるヴァジラヤーナの教義は、彼らによって捻じ曲げられ、「悪業を積み続ける魂を救済するために殺害すること、貪り多き魂を救済するためにその財産を奪うこと、嘘を使って真理に導き入れること」という恐ろしいものになったが、それらを受けるべきだったのは、いわれのない被害を受けた人々ではなく、モンスターとして恵比寿に巣食っていた彼ら自身ではないかと思える。


ふと、ある光景を思い出した夜更けの想いである。
5時過ぎに会社を出る・・。

商用サイトで稼いだポイントを、ツタヤのポイントに代えて、
さらにローソンのポイントに代えて、それでお買い物。

6時にご帰宅。

愛犬・ジュエルと遊ぶ。

テレビの声を背中で聞きながら、サイト作りに着手。

もののけも終わり、超ひさしぶりに少しだけチャット。

なにか忘れとる・・。

とりあえず、風呂・・。

レッドブルを飲んで、翼を授けられる・・。

なにか忘れとる・・・。

なにかとてつもなく大切なことを・・・。

そう・・わしの人生で・・大切なことを・・。

風邪で苦しむ(元)連れにも、電話した。

依頼されたサイトの更新も全部やっつけた・・。

なにを忘れたのか・・。

1時・・。

寝るか・・。

見上げる天井・・。







Σ('=';) ハッ!!





飯!!!




飯を忘れとる!!!!!!



あぁ、でも8時過ぎに食べると・・・。

いや、1日4合食う人間が食べずに寝ると、朝までに死ぬかも知れん・・。

そう言えば、さっきから冷蔵庫の中から、餃子がわしを呼ぶ声がする・・。


「食べて♪食べて♪おいしいわよ♪」


現在深夜1時半。男、キャプテン☆山手、ご飯の炊き上がりを素直に待つ男である。


(^_^)V ピース
人間ひとりひとりの人生を、ひとつの部屋とすれば、
男は音楽、女は絵画のようなものである。

あくまで一般的にはではあるが・・。

誰しもがそれぞれの人生を歩むうえで、殺風景な部屋に住みたくは無く、
住んでいる人間は住まざるを得なくてというものだ。

部屋の主が男であれば、好きな女性という絵画を飾りたくなる。

1枚の絵画を飾り続ける者もいれば、この絵でもないあの絵でもないと部屋中に絵を飾り立てる者もいるし、中には最初に見かけた絵を思うばかりに一生何の絵も飾らずに終えようと決心する男もいる。

女性の場合は、男は音楽。

惚れたミュージシャンの奏でる音楽を部屋で楽しむ。

昨日まで擦り切れるほど聞いていたレコードに突然の嫌悪感を感じ、割り捨ててしまう女もいれば、音楽が血になり道しるべにさえなる女もいる。

だが音楽は絵と違い、同じ部屋に違う音楽は流せない。

流していても平然としている女もごく稀にいるが、彼女にとって音楽は調べではなく、単なる物音なのだろう。

モネのような美しい絵もあれば、ダリのような難解な絵もある。

音楽も然りである。

人生も半ばを迎え、わしが美しいと感じる絵は、モネのような印象派でもなければ、ダリやピカソのような絵でもない。

自然派とでも言うべきか・・。

近くで見れば遠近法も狂い、デッサンもなってないが、もっと近づけばミスタッチもあるが絵の具を塗り重ねつつ、よりあるべき姿の自然な絵に近づこうとしている絵だ。

そんな絵が手に入れば、絵画と言う枠を超えて、壁を取り払う窓にさえなるだろう。

わし自身の場合は、音楽と言うより、やはり絵だろう。
なかなかの力作であるのは自他共に認めるところだが、なにぶんにも重過ぎて、壁に掛けると壁もろともに崩れ落ちてしまうのが難点である。

いや、それとも部屋の主の女性が年を取り無くなった後、美しく逞しい曲が並ぶミュージックライブラリーに、一曲だけ良くも悪くも異彩を放つド演歌というところか・・。

「なんでおばあちゃんの部屋に、こんなド演歌が?おばあちゃん、演歌なんて聴いたっけ?」みたいな感じだな。

そんなわしも絵を入れる額を作る為に、トンテンカンと木槌をふるっているところである。

時たま手元が狂い、自分で自分を打ってしまい、怪我をするのがたまにきずである。
先日、ブログで知り合った方が、古都京都でお数珠のショップを開いた。

ご興味のある方は、1度訪ねてみるといいだろう。



数珠。

じゅず・ずずと読む。念珠とも言う事もある。

一説では、古代バラモン教が発祥とも言われているが定かではなく、
日本では真言密教の影響で、念仏を唱える際の仏具として定着した。

玉の数は煩悩の数の108であったが、次第に簡素化され、
半数の54、さらに半数の27等がある。

同じようなものは、他の宗教にもあり、キリスト教、特にカトリックのロザリオに似ている。

プロテスタントはロザリオを持たないが、カトリックにとっては重要なものである。

私はカトリックと言うわけではないが、学生時代キリスト教系の学校に行っていたせいもあり、もっとも身近な宗教だ。

カトリック教徒は祈祷文を唱えるたびに、ロザリオの珠をひとつ手繰る。

昔、知り合いがバチカンを訪ねる際に、土産としてロザリオを頂いた。

以来肌身離さず、身に付け、何かの際には考えながら手繰っていた。

当ても無く街を歩き、するべきこともなく、頼る人間も無く、
「あぁ、俺は人生を台無しにしてしまった」と嘆きながら、
祈るとも無く祈った時にも、手にしていた。

今では、神の思し召しか、ロザリオは我が手を離れ、我が分身と思える人物の手にあるが、今でも十字架のネックレスを手に巻き、宙を眺めるときがある。

人間と言うものは、自分以外のものの前では常に自分というものを演じ、ともすれば自分自身でも自分というものを見失いがちだが、宗教的なものを別としても、「祈る」と言う行為を行うときには、邪念を払い、等身大の自分というものを見つめ、認めているものだろう。

等身大の自分を他者に対しさらすと言うのは難しいことだが、30代も半ばにして、人の縁というものを感じるようになってきた。


小人は縁に会って縁を知らず、中人は縁に会って縁を活かせず、大人は縁に会って縁を活かすという。


こうやって考え振り返ると、ネットやブログと言うものも、袖刷りあうも他生の縁である。
昨晩また発熱。
異常な頭痛と、着たら熱い脱いだら寒い布団と戦いながら、もだえ苦しんだ。

朝も一応起きたのだが、8度以上あり、会社は乂゚д゚)ムリ!!と判断。

私は熱を出すと、口の中に鉛のスプーンでも突っ込まれているような金属的な味覚を常に感じるタイプなので、なにか食べたいのだが、冷蔵庫には何も無し。

幸い私の仕事はネットを使うので、仕事しつつ、サイト関連にも対応しながら、
1人で、「なんか食わせて・・」「でも、立ってられない」「なんか食わせて・・」「でも、立ってられない」の繰り返し・・・。

夕刻になり、餓死の危険を感じつつ、台所をごそごそ。

片栗粉を発見。

私が子供の頃、昭和50年代だが、我が家では子供が熱を出すと、片栗粉に水と大目の砂糖を加えて、火にかけた料理?(おやつ?)を母が作ってくれていた。

火にかけると、透明になった糊状のものになるのだが、これが私は好きだった。

何年かぶりに作って食べたおふくろの味。

ご飯がのどを通らない時に、ご飯代わりのデンプンだったのだろうか。

懐かしい味であった。

少しだけ元気を出し、隣のイトーヨーカドーへ。

豆腐や魚を買いながら、バナナをみつけ、ついでに林檎も買う。

この林檎とバナナというのも、熱を出したときの母の味で、ジューサーに林檎とバナナをかけて、蜂蜜を入れる。

これは、多分20年ぶりくらいに飲んだ。

母を亡くして、先月で9年になった。

だが、思いがけず母に甘えた1日になった。



今度の日曜日は、母の日である。

母上様がご存命の方々は、この時ばかりは照れたりせずに母上に感謝の気持ちを伝えて欲しい。



そうでないと一生悔いを残すことになる。



「親孝行、したい頃には親は無し」である。
私自身はいわずもがな、サイトというものを持つ者は、心の中に
「自分を理解して欲しい」「自分を知って欲しい」、ともすれば、
「かまって欲しい」という他者からの理解と言うものを、意識的無意識的を別として、欲している。

悪く言えば、自己顕示欲的とも言えるのだが、実際の人間関係以上に、
自分や思っている事、意図している事を他者に伝え切るというのは困難だ。

最近、特にそう感じる。

私のブログやサイトでも、何かについて書いたとしても、それは公共的な面が少ないので、それについても構わない。

なぜなら、多大な時間を費やし、私の言葉の真意と言うものを汲み取ってくれる者が、少ないとはいえいるからだ。

だが、自分自身の私的なサイトの場合、私的意見は心のつぶやきのようなものであり、自分の心の再確認に近いからだ。

だが、不特定多数を相手として、公共的側面の多少なりともあるサイトを始めて、意見を伝えきるということの難しさを改めて感じている。

他者が人間関係の無い人物の意見に耳を傾けるときは、ショッキングな時、自分の利益に通じる時、そして意見自体が魅力的という時ぐらいのものだが、往々にして人は自分の見たいものを見て、聞きたいことを聞く。

言い換えれば、聞きたいことしか聞かない。

子供に言って聞かせるように、各ページで手順を説明し、噛んで含めるように、「次はこうするんですよ」と伝えているのだが、それらをすっ飛ばして「こうしてほしい」とか、「早くこうしろ」というものが多い。

あまりにも多い。

そのサイトに関しては、金にならずとも仕事と思っているので、1回1回説明して、それでも理解しないものは切り捨てている。

もちろん、論理的な人も多いので、そういう人物はまるで指差し確認でもしているかのように、指定どおりの段取りを踏んでくる。

だが、直感的なイメージ先行人物もまた多く、「あんた、まだ申し込む段階じゃないよ・・プランニングしなよ・・」と言いたくなる事も多い。

善悪は別として、20世紀で抜群に演説が上手かった人物として、ナチスのアドルフ・ヒットラーがいるが、彼は著書の「我が闘争」の中で、大衆に意見を伝えるときには、主題を絞り、その主題をただひたすらに繰り返し語り続けろと書いている。

そうしないと自分の聴きたいことしか聞こうとしない大衆には、理解できないと言うことだ。

この意見を初めて見たときには、まるで愚民思想だなとも感じたが、今まで縁の無かった他者を相手として、人間関係を築こうとする時に、あぁさほど的外れな意見ではなかったなと感じてる。

私的な相手ならわざと怒らせ、意見のやり取りをして、胸襟を開かせるという手もあるが、公的なサイトとなるとその手も使えず、壁相手のキャッチボールをしているような感覚を感じる。

まぁ、それゆえに力の入ったボールが帰って来た時の喜びというものも確かにあるのだが・・。

他者との意思疎通というものは、かくも難しい。

自分自身も把握しきれない未熟者の私が、言えるべきことではないが・・。
日付が変わってしまったが、昨日は子供の日であった。

お子さんのいるご家庭では、さぞご苦労様な1週間であったろう。

わしは、6日は出社なのでゴールデンウィークも終わりなのだが、
なんとか先日の頭痛と発熱も収まり、無事出社出来そうである。

ただパソコン不調の間に、募集停止していたサイト作成に
いくつか応募が来ているので、今日は1日中サイト作成をしていた。

5時くらいに目が覚め、昼過ぎまで「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」などを聞きながら、
カタカタとキーボードを叩いていたのだが・・・。

ちと疲れを感じて、テレビなどをつけてみると、画面にゴリエが・・。

おぉ!!徹子の部屋か。

ゴリも遂に昼に進出か・・。

ゴレエダンスに、「なんてお下品な・・」とおいしいツッコミを受けているのを見つつ、
久しぶりの徹子の部屋を見ていたのだが、どうやら30周年だそうだ。

考えてみれば、小学生時代、夏休みなどに美容師だった母は店を切り盛りしていたので、
1人でテレビを見ながら食事をしていたのだが、確かに見ていた記憶がある。

久米宏の「おしゃれ」とか、高嶋夫妻の「ごちそうさま」も見てたな。

で・・・ある。

30年と言うことは、わしが小学生に入ったときから見ていたということなのだが、
30年間謎だった事が、本日衝撃の判明である。

黒柳徹子の「あの髪」の中に何が入っているのかという疑問である。

ゴリエが、「その頭の中には何が入っているのですか?」と聞くと・・。



徹子「お煎餅と飴です!」



Σ('=';) ハッ!!



煎餅と飴・・しかも黒飴・・。


ポケット代わりかよ・・・。


続いての質問。

「黒船が来た時に通訳をしていたのは本当ですか?」

「えぇ、そうよ」

徹子の部屋で馬鹿笑いをしたのは初めてだが、なかなかにお笑い慣れしている。

こんど水10にも出ていいといっていたが、なかなかに楽しみである・・。



しかしながら、徹子の謎が判明すると、今度は塩沢トキの頭の中身が気に掛かり・・・・。



皆様、ゴールデンウィーク最後の2日間、ごゆるりとお過ごし下さい。
GWである。明日はもう5日の子供の日。
土曜には出社なので、もう連休も終わりである。

はぁーー。熱と悪寒に震えながら、パソコンのセッティングして、
また具合悪くなって、滝のような汗にうなされながら、
少し持ち直した今日の午後、もう出かける体力も気力も無いので、
隣のイトーヨカドーに買い出しに行く。

頭痛は残っているので、ふらふらしながら見上げる我が家。

我が家と言っても、埼玉に来て以来、マンションなのか、コーポなのか
自分でもわからない部屋に住んでいるのだが、ゴールデンタイムなのに関わらず、
電気がついているのが、わしの部屋と、もうひとつだけ。

Σ('=';) ハッ!!

もしや、ここの住人はみんなGW満喫派なのか?!

満喫してないのは、3階のわしと、2階のもてない屈折した男だけか(想像)

思えば、2001年になる瞬間も熱出して、
気がついたら21世紀になっていて、正月が終わっていた・・。

今までは何を食っていても、何をしていても平気なような感覚でいたが、
ちょっと反省しなくちゃいけない気がしてきた・・。

明日は無理せず、愛犬とお散歩してゆっくり休もう。
7年間つかっていたパソコンが遂に寿命に・・。

半月の間、オンライン出来なかったが、中古のパソコンを購入して復活しましたが・・。

昨日会社で、悪寒激しく帰宅してから、久々の発熱・・。

自分で濡れタオルを頭に当てるものの・・。

息も絶え絶え・・。

ご飯も食べたいのだが、どうしても台所に立っていられない・・。

仕方ないので、アンパンで我慢する。

今年のゴールデンウィークは、寝たきりの予感・・。

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