御訪問ありがとうございます。 ここでは日頃、感じることを思うまま、ニュース・日常・趣味等をテーマに書いていこうと思います。 HP本館もありますので、是非御来館ください。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
セ・リーグで阪神タイガースが優勝したそうだ。

2年ぶりの優勝。その前は20年前。

星野・岡田監督のおかげで、本当に強くなったようだ。


と、それはいいのだが・・。


またしても大阪市民が馬鹿騒ぎ。

騒ぎを通り越して、「馬鹿」がつく。

2年前の優勝の際には川に飛び込んで死者も出ているというのに、
今年も60人ほど飛び込んだようだ。

さらには人の乗ったタクシーの上に飛び乗り、足を踏み鳴らし、
逮捕検挙されたようだ。

よくこう言うと、それは地域とかは関係なくたまたまモラルのない人だっただけと
言われることが多いが、巨人の東京でも、中日の名古屋でも、
ソフトバンクの福岡でもここまでひどいのは聞かない。

聞くのは阪神が優勝するたびの大阪だ。

これほど続くと、日本の中で「大阪」だけが特殊なほどに
「モラルが低い低民度の都市」としか思えない。

考えると大阪オリンピックは実現できなくなったが、
きっと良かったのだろう。

あんな連中が日本人と思われては、やるせない。

こうなったら、ホークスかどこかのパリーグに頑張ってもらって、
大阪の馬鹿が暴動起こせないようにしていただきたいものだ。
スポンサーサイト
わしは中学に入るまで、納豆というものを見た事がなかった。

といっても納豆も売っていない程の田舎にいたというのではなく、
親父が九州の人間だったので、食卓にあがらなかったようだ。
母は東北だから、当然食べていたに違いない。

とにもかくにも中学になるまで、納豆と言うものの存在は知っていたが、
「豆の腐った奴」という知識しかなかった。

受験勉強の甲斐あって、玉川学園になんとか合格。

我が母校玉川学園中等部には、青雲塾という寮があった。

学年のクラスの男子は月交代で、寮で集団生活をする。

初めて寮に入ったのは、1年の2月。

6時に二段ベッドから先輩にたたき起こされ、全員地下の浴室へ行き、
2月の寒さに氷の張りそうな水を頭からかぶらされる。

着替えたら、中等部グランドの小山に登り、賛美歌を歌う。

で、やっと朝食。

1年生と言うのは、共学といえども男子寮ではカースト制度の最下層にあたるので、
先生や先輩の世話にあたる。

みんなの食事の用意をして、着席。

「あぁ、やっとご飯だ・・・。Σ('=';) ハッ!!」

「こ・・これは・・・納豆か!!!{{{{( ▽|||)}}}}ぞぉぉぉ」

うう・・・。

こんなもん、食えるかよ・・。

先輩「食わなきゃ登校させないからね・・。」


わし、半べそ・・。


醤油やからしをたくさん入れて、わからなくしてしまえば・・。

なにか別のものにして、飲み込もうと努力。








「( ̄_J ̄)ん?」






「これは・・・」







「うまいじゃないか・・・」







次の日から、猛烈に納豆を食べ始め、自宅通いに戻ってからも
納豆を我が家で1人だけ食べる人間になった。

父はとてつもなく迷惑そうな顔をしていたが、気にせずネバネーバしてたなぁ。

わしはいまだに納豆が好き。
一度の食事で、納豆3個のお徳パックを全部食べる。


食わず嫌いと言うのは、まさにあのことだったなぁ・・。



しかし、トマトと玉ねぎだけは、どうしても克服できなかった・・。
ここ数日の日記を読んでいる。

結婚がらみの愛情論のようなものかな・・。

ふとある人物を思い出した。

和歌山毒入りカレーの被告の夫。

詐欺事件で立件され、懲役も終わり娑婆に戻っている。

裁判では彼自身妻に砒素を盛られていたとなっている。

妻は今は裁判中、被害の大きさ、世間に与えた影響を考えれば、
当然、死刑もしくは無期懲役が妥当だろう。

釈放された夫は、自由になった妻に会うことはない。
会うとすれば刑務所の面会室のみ。

本来なら殺されかけたのだから、責めて当然。

が、報道されている彼の言葉から非難の言葉は聞かない。

愛なのか、情なのか、知るよしもないが。

事件の事はまったく別として、夫婦の姿と言うか、
愛情の形、愛情の示し方として、自分を金の為に殺そうとした女でさえ
庇い責めず受け入れるあの夫には、ある種の感銘を受ける。

歪んだ愛かもしれないが、深い愛には違いない。
わしは独身で、結婚歴もないので「旦那様」などと呼ばれたことはない。

そもそも、今時の家庭で夫に対して尊敬の眼で
「旦那様」なんて呼んでいる家庭など完全といっていいほどに見なくなった。

せいぜい、「主人」とか「うちの旦那」くらいだろうか。

わしのかつての呼ばれ方に至っては、機嫌が良い時は「ねぇ」、悪い時は「おい!!」だ・・。


この呼び方について考えると、興味深い。

主人とは、読んだとおり「支配者」だ。

旦那の方が面白い。

もともとはインドの古代言語であるサンススリット語の「ダーナ」であり、
このダーナが訛って英語圏に伝わり、「ドナー」の語源になった。

つまり、文字通り提供する人。

サンスクリット語では「お金を持ってくる人」。

後に仏教用語の「お布施」の意味の基になった言葉でもある。

ということは・・・。
「うちの旦那がさぁ」=「うちのお金提供者がさぁ」となる・・・。

φ( ̄_ ̄;) うーん

中国語では妻のことを「愛人」と書く。
文字通り愛の人。

じゃ愛人はというと「対象」と呼ぶ・・。

欲望の対象ということなのだろうか・・・。中国恐るべし・・。

日本の「夫」の語源は、良人・男人である。
妻というのは「はしっこ」と言う意味。



蛇足だが、愛人と言う言葉が普及する以前、愛人は妾と呼ばれていた。
妾の語源は「目掛け」、目を掛けている女という事だ。

それ以前は、「手掛け」と呼ばれていた時代もあるらしい。
文字通り手を出された女と言う訳だ。


昨日、ある言葉が何歳の世代まで通じるかと言う番組があったが、
普段何気なく使っている言葉に、隠れた意味があったりして、
言葉と言うのは実に面白い。

私の父の実家は、大分県の院内町という田舎町。

最後に足を運んだのは20年前くらいだが、商店街などはなく
食料品からクワや鎌、種や、麦藁帽を売っている店が1件ぽつんとあるだけ。

町と言うより、小さい集落。

田んぼと畑に囲まれ、ちょっと下ると渓流が流れている。

川に行くと、ハヤやウグイが山ほど釣れ、わなをかけるとうなぎも取れる。
遊びがてらに川ガニも随分取れた。

夏休みに訪ねると、朝から夕方まで川に行っていた。

魚やうなぎを持ち帰ると、どこからともなく親戚らしいオッチャンが来て
うなぎをさばいてくれる、

七輪で焼いて食べ終わると、日も暮れる頃。

離れにある五右衛門風呂を薪で沸かして、風呂上りに花火をすれば。もう10時ごろ。

こうやって考えていたら、その家にはガラス窓がなかった。

障子と木製の雨戸だけ。

水は井戸。テレビもなかった。

野菜は畑で作っていたし、味噌も自家製。



当時は不便と思っていた暮らしに憧れてしまうのは、ないものねだりかなぁ・・。
明け方から腹痛で起きる。

9時過ぎ頃に収まったので、ジュエルをつれてお散歩へ♪

追いかけっこなどを1時間ほどして帰宅。

そのまま浴室に直行して、ジュエルの毛を切る。
顔や背中は簡単だが、おなかとつま先の毛はカットが難しい・・。

ふっと気がついたが、最近床屋に行っていない。

バリカンを片手に、しばし考える・・・。

髪の毛を掴んで、すき刈り風にバリカンで、ガーっとやってみる。

頭が軽くなりいい気持ち♪

ただし、出来上がりは髪が乾くまでわからない。

いささか不安ではある・・。


追記。

耳の周りも襟足もさっぱりした。
バリカンでやった割にはいい感じ♪
お金浮いた♪
もう床屋行かないかも・・。

考えれば、我が母は独身時代はヘアメイク、結婚後は美容師。
そーするとこれは遺伝子のなせる業か・・。

┌( ̄0 ̄)┐ ワーッハッハッハッ・・・・
本日は結婚についてでも、つらつらと書いてみる。

最近では1分に1組離婚とか、夫婦の半分が離婚するとか聞く。

死別なら仕方ないが・・。


チャットなどしていると、既婚なのに出会いを探しているだとか、
不倫も恋愛の新しい形などと勘違いしている馬鹿な女が多い。

男もやりたい一心で、フェミニストチックに適当に話を聞き、
馬鹿な既婚女を増長させている。

まぁ、動物同士の倫理観の持ち主だから需要と供給が成り立って、
それはそれは見事なものだ。

結婚して子供もいるのに、チャットで好きな男を作って「悩んでる」とか
ほざいているが、「ネットの接続代とか、パソコン自分で買ったの?」と
聞いてみたいものだ。

わしは独身だから、結婚というものがよくわからない。

内縁状態で何年か続いた事はあったが、おそらく結婚とは違うだろう。

思うんだけど、みんな最愛の人と結婚してるのだろうか?

「恋愛と結婚はちがう」とかいうのも聞くし、「亭主元気で留守がいい」とも聞く。

女性は判で押したように「性格が大事」というが、人間は自分に被害を与えず、
コントロール可能な人間を「性格がいい」という傾向があり、
心理学でも認められているそうだ。

そもそも性格と言うのは相手によって、いくらでも変化するから
これほどいいかげんなものはない・・。


離婚や不倫が流行っているが、みんな添い遂げる覚悟して恋愛してるのだろうか。

ちょっと覚悟が足りない気がする。

「この人なら幸せにしてくれる」とでも思うんだろうが、
本来は「この人となら、不幸でも生きていける」と思うもんなんじゃないかと考えている。

じゃなかったら、神前で誓いの言葉を言う時に、
「これこれしてくれたら一生共にいて、出来ないなら別れて、次に行く」とでも、
言えばいいのにと思うね。

恋愛は勿論、結婚なんか更に覚悟をもってするべきだと思うし、
極端な話、女房がたとえ人殺しでも添い遂げる覚悟くらい持つべきだと思う。

それにしても、充たされない結婚の日常生活の隙間を、
自分の望む形に相手を変形させて、恋愛だのとほざいている主婦連中を見ると、
かわいそうとか通り越して、浅ましいと言うか、うすら寒くなってくる。

少なくともあんな母親を持たなくて良かった・・。
私はネットを覚えたての頃から、多少離れた時期はあるもののチャットと言うものをしている。

長い知り合いだと知り合ってから3年位の人もいる。

1年くらいの知り合いだと、20人近くいるだろうか。

基本的に楽しい時も多いのだが、最近は微妙に楽しくなくなった。

ひとつには、元々楽しいからやっているのではなく、
本音で語るなら寂しいからだ。
あくまでわしの場合だが・・。

生活の中で埋められないジグソーパズルを埋めにログインしている。
だから楽しくなくても楽しいフリをするし、
表面上はおもしろキャラだったり、語り手キャラを演じている。

中には本音で語ったと思っていたりする人物でも、
相手にしたらたまたまジグソーのひとつをわしが持っていただけで、
そのひとつさえ貰ってしまえば、用はないと行動で示すものも多い。

しかし、2人で話すとみんな寂しいからチャットをしているというのに、
集団になった途端、どうでもいい馬鹿話をしているのか理解しかねる。

本音を語らず、表層的にはしゃぐことで埋めようとしているが、
それでなにが充たされるのか聞いてみたい。

「遠回りなようで結局近道なやり方は結局こうだと思う。
20代出会いか30代出会いの部屋に行く。
→ひたすら世間話やグチを聞いてやる
→返事返ってきたら誠実に誉めまくって会話する
→エロっぽい話をしつつ、携帯アド聞きだす
→メールのやり取り。写真交換。場合によっては電話。
→会う約束
→やれるかどうかは会ってからの技術」

「貴女の心を満足させるから、俺の体を満足させて」

これらはある掲示板で見つけてきた文章。

ある意味、チャットと言うものの一面を穿っている。

わたしが顔を出す部屋の女性の部屋主は、仲間内だとあまり話さないが、
部屋で男性の常連に囲まれるとボイスで常に話し続ける。

匿名であるのだからこそ、本音の自分を晒せるはずなのだが、
話さず、馬鹿で他愛もない話をして、上の文章のような馬鹿の相手などしている。

まあ、知り合いといえど聞く耳は持たないだろうから、言うつもりもないのだが・・。

見ていて異常に痛々しい・・。

言葉の力は無限だが、言葉を発する力というものは無限ではない。

言葉に宿る力というものは、発するものの顔を変えてしまう。

無意味な言葉は必ず本人を荒らしてしまうと思うのだが・・。

親しかった者と、ばったりと話さなくなることや後回しにされることも多い。


所詮は寂しいものが心の飢餓感を埋めるために、耳障りのいい言葉を奪い合って、
こころの隙間に押し込もうとしているだけか・・。
埋まらなかったり、ピースが合わなければ、お払い箱。

そう考えると、チャットやネットそのものが無間地獄とも思えなくもない。

わし自身も含め、チャットにいる人物が、餓鬼に見えるのは、果たしてわしだけか・・。
最近、恋愛関係の日記が続いているが、
30代になった頃から心の中にひとつの疑問と言うか、もやもやした感覚がある。

「恋愛の純度」だ。

例えば、中学や高校生の頃の恋愛と言うのは、少年時代だけに愚かしくも純粋な恋愛で、
安定感はないが純度という点においては、かなり高かったと思う。

学生時代は、自分自身の世界が狭く、知り合う人も必然的に少ない。
人生経験も少なく、ちょっとした躓きで好きと言う感情を無くしてしまう。
でもそれでも、好きな期間と言うのはもう本当に相手を世界の全て位に思っていたし、
その時の価値観全てといってもいいんじゃないかと思う。

まぁ、当時から女性の間をミツバチのようにひらひら飛んで、
蜜だけ吸う男もいたけどね・・。

学生時代も終わり、ふぞろいの林檎は実社会へ・・。

健全な社会人生活をスタートした友人たちは、コツコツ経験を積み、
相手を見据える力量を持って品定め。

のろけ話を聞くときもあれば、「あれぐらいの女の子が俺には限界さ」と嘆くのも聞いた。

一方、「渋谷の失恋王」と異名をとった私は・・。

自分の実力無視の猪突猛進。

実力無視で、釣り合いなんて考えないから、当然連戦連敗。

結局1年おきくらいに新宿の飲み屋で飲めない酒で反吐を吐く。

昨日の日記の女性も含め、何人かとお付き合いしたが、
その度に愛想を尽かされ、立ち去られる。

まぁ、わしとしては仕方もなく「はぁ・・」と嘆き悲しんできたのだが、
その度に友人連中の見張りがついた。

理由は「あいつ、自殺するかもしれん」ということだったらしい・・。

いまだに付き合った女性全員が大好きだ。
わしから気持ちがなくなって別れたことはないし、
万が一逢う事があったとして、わしにできる事があればそれこそ何でもするだろう。

わしはこれといって誰からも必要とされていないし、
癌を患ったこともあるので、いつ再発死ぬかもしれないから、
役に立つならなにをしてもいい。

こう言っては変だが、付き合った人全員が「我が人生、最愛の人」だ。
もっとも相手はそう思っていないから、今までも、おそらく今後も1人きりなのだが・・。

馬鹿だけに純度だけはやたらと高い。

怖いのは、純度が下がることだ。

結婚をしている人たちの話を聞く機会が多いのだが、
恋愛から結婚という日常に移行してしまっているせいか、
なにやらやたら純度が低い。

子供が出来ると、情熱がそちらに移行してしまうことも大きいのだろうが・・。


今後も必要とされず、振られ続けるのだろうが、
せめて振られた時には大泣きする人間でありたいものだ。

「まぁ、愛なんて所詮こんなものさ」とニヒルに笑いたくないものだが、
なってしまったらどうしようと、ちと怖い30代半ばのキャプテン☆山手である。
本日の日記は昨日の続きのようなもの・・。

11年前に品川の白金から、世田谷の祖師ヶ谷大蔵に引っ越した。

昨日書いたカセットテープを贈った女性と暮らす為の部屋だった。

彼女は年上で、オシメをした弟と幼稚園に通っているお兄ちゃんの2人の子がいた。

それから4年間、その部屋で暮らし、下の子が小学生になるを見ずに、
荷物をまとめ部屋を出て、渋谷の恵比寿に部屋を借りた。

それまでひとりぼっちで暮らし、その後もひとりきりでやってきた私にとっては、
生まれて初めて手にした自分で作った「家庭のようなもの」で、
とても幸せな4年間だった。

まぁ、世間知らずの家庭ごっこのままごとだったのかもしれないが・・。


それから4年ほど経った時の春だったろうか。

ふと思い立ち、渋谷からバスに乗った。
世田谷に住んでいた頃、毎日バイクで通っていた道をそのままにバスが通る。

彼女は私と別れてからしばらくして運送業の男性と再婚して、
当時の部屋を出たのは知っていた。

私としては、嫌いで別れたわけではないので、
逢ってみたい気持ちはあったが、逢いに行ったのではなかった。

ただ当時住んでいた町を訪ね、住んでいた部屋を見たかった。

終点でバスを降り、商店街を歩く。
店のひとつひとつに想い出があり、公園のベンチや神社にも想い出があり、
そんな思いを感じながら、当時のアパートまで来た。

当然違う人が住んでおり、中も見えないが、
目をつぶれば、ここにタンス、ここにはテレビ、こっちには電話と思い出せた。

小一時間街を回り、バス停に戻ってバスを待つ。

バスを待つベンチに腰掛けながら、いるはずもない人影を目で追ってしまう。

またバスに揺られて、当時仕事が終わると急いで帰った道を逆行して家路につく。

あれから7年。
当時から古いアパートだったから今はもうないかもしれない。
小学生だったお兄ちゃんは今頃は高校生。

高校生を見かけるたびにチクリと胸に刺さる。

ボロの唄う「大阪で生まれた女」の歌詞に登場する「青春に心震わせた部屋」、
「青春の欠片を置き忘れた街」と言うのは、こういうことだったんだなぁ・・。
連休中、荷物の整理をしていた。

片付けが苦手なので、いろいろなものが思わぬ所に入っていたりする。

しかも、それぞれに想い出が詰まっているので、なかなか捨てられずに、
相当昔の物も多く、片付けをしているのにひとつひとつ見入ってしまったりする。

カメラマンをしていた時のフィルムがダンボール1つ分あり、
一枚一枚照明を通して「あぁ、これはあの時の・・」等と言いつつ見ていた。

私は過去にこだわるというか、引きずる人間なので、そういうものが多い。

荷物の中にカセットテープが何本か入っていた。

学生時代や20代前半の頃は、給料の大半を映画と本と音楽に費やしていて、
その頃の物だった。

まぁ、男性にはありがちなことだろうが、自分の想いをその頃の曲や、
好きな歌い手の曲に込めて編集したりして、好きな女の子にあげたりしていたものだ。

カセットの中に私の字ではない字で、「Songs」とタイトルが書かれたテープがあり、
何年ぶりにステレオのカセットの再生ボタンを押した。

最初の1曲目のイントロが流れた瞬間に、当時のことがむせ返るような濃密さで甦った。

品川の白金に住んでいた時の物で、24歳の頃の物だった。

やはり当時好きだった女性に贈ったテープ。

私は字が下手で、タイトルも曲名も書かずに編集したものを、
「ホラッ」とあげたものに、その人がタイトルを書いたものだった。

90分のテープで、当時どういう気持ちだったのかもわかるし、
ひとり部屋で傍らにCDを積み上げながら編集した時のことも思い出した。

もう11年も経っているが、覚えているものだ。

11年前にテープを贈り、4年間共に過ごし、7年間眠っていたカセットテープ。

テープを眠らせていた7年間の最初の1.2年は嘆き悲しみ、恨んだり怒ったりしていた。

その後は仕事に追われるようになり、編集なんてこともしなくなり、
テープを贈った相手のことも忘れることはないが、考えなくなった。

今、改めてカセットの中の曲を聴いていて、考えてみると、
こうするべきだったとか、あんな事言うんじゃなかったと、
胸を刺す苦い想いもあるものの、幸せに暮らしているんだろうかと、
少しだけ丸くなった想いが大きい。

もう2度と会うことも無いだろうし、どこにいるのかもわからないが、
幸せの傍らにいて欲しいものだ。

実はこのカセットテープ、好きな女性に思いを伝える為に作ったのではなく、
11年後の自分自身に贈ったものかもしれないなと思わせられた。

ふとそう感じた1コマ、90分の音楽でした。
連休ということもあり、サイト作成の合間に映画鑑賞。

ずっと見ようと思っていた「マレーナ」を見る。

最近で1番好きな女優のモニカ・ベルッチ主演で、
監督はこれまた大好きな「海の上のピアニスト」の
ジュゼッペ・トルナトーレ監督のイタリア映画。

第二次大戦下のイタリアの片田舎で、
夫を失った妖艶な未亡人に恋焦がれる少年の物語。

最高でした・・。
少年よ、君の気持ちはわかるよ。わかりすぎる・・。

美貌がゆえに男たちの羨望の眼に晒され、女たちに蔑まれる。
時代の流れに押し流され、娼婦に落ちていくマレーナ。

性の目覚めに恋心が加わり、甘酸っぱくほろ苦い想い。

わかりすぎるぞ・・。少年よ・・。

彼女を心の底から愛した、ただ一人の少年の物語。
甘くて、悲劇的で、哀しくも、美しく泣ける、
一筋縄には語ることの出来ない、極上のラブ・ロマンス。

『片思いこそが究極の愛』という言葉は終盤になって思い出すと、泣けてくる。

やっぱり、トルナトーレは互いの魅力を引き立たせる、明るい部分と暗い部分の配置が上手いなぁぁ。

本当にこの映画には、男性が女性に抱く全ての感情がつまってるわ。



「セニョーラ・マレーナ、お幸せに!」と少年時代に決別する少年の瞳が哀しかった。



あぁ、わしにもあんな頃あったのになぁ。
ここ数日やさぐれていて日記を放置していました。
ペコリ(o_ _)o))

現在もなんというか、やさぐれ中。

なんだか全てが馬鹿馬鹿しくなって投げ出したい気分もあるが・・。

さりとて投げ出すわけにもいかず、やさぐれ中である。

甲斐のない人生と言うのにも、ちと飽きた。



基本的に、わしという人間は友人は必要としていない。

世の中には間抜け面して「私、友達いっぱいいるのー」とかいう人がいるが、
わし的には「それは知り合いで、友達とは違うだろ」と冷静なツッコミを入れたいところだ。

友人と言うのは、命綱を安心して渡せる存在だったり、
女房子供を託せるレベルだと思っている。
それ以下はあくまでも利害関係のうえに成り立つ知り合いだ。

友達がいないと寂しいという人もいるが、
友人の力で埋める事の出来る心の隙間は、他のものでも埋められると思ってる。

代用できる存在など、わしは必要と思っていない。


わしは親元を離れて一人暮らしを始めてから、同棲していた数年間を除いては1人きりでいた。


人と人間関係を持てば、期待をしてしまうこともあるし、
期待をすれば失望もする。

だから誰にも期待せず、誰にも期待させず、
誰にも近寄らず、誰にも近寄らせないように努力していた。


人間1人きりでいれば当然寂しいが、1人きりでは悲しい事は起きない。

楽しいことを避けて歩けば、哀しい事も起きないものと思っていた。

多分、これは真実だと思う。

絶望は不幸の同義語ではないしね・・。

そもそも不幸も「幸せじゃない」というだけのことだ。


半端な希望は命取りになると思っていたし、今でもそう思っている。




人の意見など聞き入れず、1人きりのままでいれば、
どんなことが起きても「人生なんかくだらない」と笑っていられたのに・・。




確かに半端な希望を持つ事は、命取りだ。



感情など捨ててしまえれば、もっといい。


人間はどんな状況でも「絶対的」に一人ぼっちと言う事は間違いないのだが、
それを無理なく本質的に受け容れることが出来れば、更に良い。

キャプテン☆山手、深夜の世迷言である。
くだらないとお笑いくださいな。
先日の衆議院選挙は自民党の圧勝。

ホリエモンこそ負けたものの、刺客の方々も健闘・当選した。

刺客に選考された人たちを見ていて、
1番驚いたのは元財務省の名物主計官であった片山さつき。

中央公論平成十七年一月号にて自衛隊の構造改革についての論文を記載した人物である。

内容は財政再建のため、防衛費削減は譲れず、
世界的にみても軍縮傾向にあるので、防衛費を削り、
自衛隊を少数精鋭化すべきであるといったもの。

φ( ̄_ ̄;) うーん

確かに言わんとしてる事はわかるんだけど・・。

東アジアに軍縮の気配はないよね・・。

中国は10年以上国防費二桁成長しているし、
海軍も外洋型にシフトしつつあり、欧米の専門家は警鐘を鳴らしている。

韓国も空母を作っているし・・。

日本にもイージス艦はあるもののたった4隻。
2艦追加されるものの十分とはいえない。

片山さつきは主計官時代に潜水艦不要論を言っているが・・。

本日、片山さつきは派閥に属さないと報道されたが、
今後どういう動きをするのだろうか・・。

ちょっと心配・・。

出来ることなら、消費税が10パーセント超えてもいいから、
イージス艦・護衛艦群の追加増強、空母の建造してくれればいいが・・。

またこんなこと書くと怒られるかなぁ~・・。
ここ1年半位、全く舞台を見ていない・・。

わしは映画も好きだが、舞台も好きだ。

ここ数年で見た舞台と言えば・・。

φ( ̄_ ̄;) えーと、

三谷幸喜の「オケピ」。劇団四季の「マンマ・ミーア」。プロードウェイキャストの「シカゴ」。

そう、わたくしキャプテン☆山手は見た目のキャラとは大違いのミュージカル好きなのでございます。

えぇ、「オケピ」に関してはオークションで定価の数倍はたいて最前列を買占め、
連日青山劇場に通いましたのよ♪
(´0ノ`*)オォ~ホッホッホッホ

そもそも、初めて舞台を見たのはディープな宝塚ファンの姉に連れて行かれた
汀夏子の公演でございました。

中学時代にMGM映画、いわゆるジーン・ケリーの映画に出会い、
夢中になってみたものでございます。

新宿コマ劇場でコーラスラインを見て、
「おぉ、あんなヒールの靴であのターン!!」と感動してました。

高校時代にちょっと脇道にずれて三宅裕二のスーパー・エキンセトリック・シアターにはまり、
シアターアプルに通う毎日。

考えてみると、20前後の頃は小劇団のブーム真っ盛り。

第三舞台に、夢の遊眠社、自転車キンクリート、東京サンシャインボーイズ、
みんな好きだったなぁ・・。

あぁぁぁ、舞台が見たいぃぃ!!

昨日は選挙速報に見入っているうちに、テレビ見ながら寝てしまいました。

自民党圧勝しましたね。
(*^^)//。・:*:・°'★,。・:*:♪・°'☆ パチパチ

しかも圧倒的多数で!!
これは多分学生時代の中曽根内閣当時以来でしょうね。

郵政法案の衆議院は問題なく通過だし、参議院で否決されて差し戻されても、
衆議院の2/3あるから可決できるし、税制問題等も短期間で解決できるでしょう。

この際、当選した民主党の西村真悟を自民党に入れてしまいましょう!!!
(゚∇^*) テヘ♪

んでもって外務大臣にしてしまおう!!(゚∇^*) テヘ♪

あぁ、民主党が負けてよかったぁぁ。

キャプテン☆山手小躍りしております。
アラヨ♪ └( ̄- ̄└)) ((┘ ̄- ̄)┘コラヨ♪

さぁ、小泉さん!!

早速ですが、明日にでも・・。



閣僚全員引き連れて・・






靖国参拝しちゃってください!!!
衆議院選挙前夜である。

明日の今頃には開票も進み、固唾を飲んで速報を見ていることだろう。

今回の選挙は自民党に是非是非勝ってもらいたい。

日本の場合、出身地から立候補することが出来る為、
いつまでたっても国策よりも、地方の利益主導になりがちだ。

国の方針よりも、「おらの村に新幹線を」という訳だ・・。

国策は、こうして地方の古いタイプの有権者に潰されてきた。

平和な時代ならそれもいいが、今回はそうあって欲しくない。

民主党は・・特に岡田代表は中国に進出し順調な成長をしているジャスコの経営者一族のせいか、
常に親中派的発言をしている。

政権をとったら閣僚の靖国参拝は許さないとか、沖縄に一国二制度をひくとか、
中国共産党の指示でも受けているのかと言う印象を受ける・・。

そうでなくとも今後東アジアは緊張が高まる。

共産党や社民党のような連中の言うとおり、
自国の平和を他国の善意に頼っているようでは、国が亡くなってしまう。

まぁ、共産党自体、ソビエトのコミンテルン日本支部だったのだから、
本来の目的どおりなのだろうが・・・。

しかし、家族の為に死んでいった先人に対しての戦犯呼ばわり・・、
見ていて同じ日本人かと思うと泣けてくる。

彼ら野党を勝たせてしまったら、60年前の膨大な数の死は犬死として、
蔑まれる世の中になってしまう。

それだけは・・それだけはなんとしても・・防ぎたいと思う。



皆さん、明日は選挙に行きましょう。
いつも日記を書く際には、頭の中である程度構成を決めてから、
キーボードに向かっているが、本日の日記は考えながら書こうと思っている。

本日のテーマは、「ボランティア」にまつわる事である。

このサイトは私のHPの中の日記としてブログを書いているが、
本館などでは「100人の村」であったり、「癌解析プログラム」などを紹介し、
このブログではホームレス支援であったり、先日は行方不明の中学生の捜索告知なども載せている。

こういう記事などを書いていると、不快に感じる人もいるらしく、
「偽善者は死ね」などと書き込みを頂くこともある。

まぁ、人の意見というものは、その人物の人生を投影していると思っているので、
否定もしないし、肯定もしない。

議論になったとしても、「批判はすれど、攻撃せず」を心がけるようにしている。

100人の村を初めて紹介した時は、私のHPにも広告を載せていた。

だが、100人の村を紹介するHPを色々見ていて、反省し、広告は全て取り外した。

何故かと言えば、100人の村を紹介しつつも、リンクを辿ると結局アマゾンや、
楽天などのショッピングコーナーに誘導して、利益を得ようというサイトが
あまりにも多く、これは趣旨が違うと感じたからだ。

先日書いた徳島の女子中学生の記事を見ていても、広告に誘導しようという
サイトもいくつか見かけた。

100人にしても中学生にしても、読者が買えばサイトオーナーにいくらかの金が入る。

また最近ではヒデなどの有名人の広告を利用した「ホワイトバンド」というものをよく見かける。

日本では「貧しい人を救おう」とスローガンを掲げ、300円の白い輪ゴムを売っている。

これは海外では、「エイズ救済」であり、輪ゴムも売っておらず、
英語サイトを読む限り、白いものを目印のように巻くだけである。

輪ゴムの300円の使い道を色々私なりに探してみた。
まず制作費が86円で、30パーセント。
次に広報費が57円で、20パーセント。
そして流通費が114円で、40パーセント。
貧困問題の解決に関する活動費が、29円で、10パーセント。

最後の活動費には団体職員の人件費や、備品代などが含まれ、
現時点で使用目的が曖昧で、目的の為に使うのは来年からとなっている。

どおりで悪い噂を聞くはずだなと感じた・・。

言っては悪いが、1円も貧しい人に渡らない可能性もある。

アメリカなどの同様の活動とは別物と思ったほうがいいかもしれない。


しかし、慈善というものとしては無駄ではあるかもしれないが、
無意味ではないだろうと思っている。

私も臓器移植カードを持ち、フォスタープランに参加し、癌を解析し、
ホームレス支援の雑誌を買い、募金活動を見れば怪しいと思っても募金する。



理由は「不快」だから・・。



親族を癌で失ったし、不安定な生活を送っていた頃は食べ物に事欠き、
1週間も食べない時もあったし、泊まるところがなく星の下で寝たことも1度や2度ではなかった。

夜が更けて、人々が家路を急ぎ、街から人影がなくなるのを眺めながら、
例えようのない心細さを感じながら、キリキリする焦燥感に追われていた。

もし誰かが私に手を差し伸べてくれていたら、恥も外聞もなく、
すがり付いていたかもしれないと思っている。

だからこそ、偽善者といわれつつも見捨てきれない。
同じ思いをしているのかと想像するとたまらなく不快なのである。

仲のいい友人でさえ「お前のやることがわからない」と拒絶する者もいるが・・。



ホームレスを家に居候させて物を盗まれたこともあれば、
ちゃんと就職できてお祝いすることもあった・・。




浅草に住んでいた時、よく深夜にサウナに行っていた。
大人2500円で朝までいられる。
昼間は自営で忙しかったので、人のいないサウナを楽しんでいた。

何日か通っていると、客の様子に気がつく。

浴衣でくつろぐロビーに赤ん坊をいた20代の女性がいた。
思い返すと、昨日も一昨日もその女性がいた。

都会の真ん中の深夜3時である。

「なんかあったの?」と声をかけそうになったが、
女性という事もあり、声をかけられなかった・・。

何もなかったのかもしれないが、窓に映る自分を眺める横顔が、
昔の自分のようにも感じた。

もちろん下心などないが、勘違いされるのが怖くて声をかけられなかった。

あれから2年近く経つが、声をかけなかったことを後悔している。


本日の日記は、独り言になった。

読み捨てていただいて構わない。
今日、帰宅してから具合がよくないので横になっていたら、爆睡してしまった。

テレビの音に気がついて目が覚めると、テレビ朝日のドラマ。

ビートたけしの青春時代を描いている。

はじめて見たのだが、ねぼけつつも見入ってしまった。

ツービートがテレビ初出演をすることになり、父親や近所の人たちが
お祭り騒ぎになるが、母親だけは厳しい顔のまま。

調子に乗るなと言いつつ、陰では喜んでいる。

息子の関係者に会えば、息子が世話になっていますと深々と礼をする。


私は結婚もしていないし、子供もまだいないが、
考えるとやはりそうなるだろうなと思う。

それに私の両親も同様だったろうと思う。

10-20代の頃は、自分に影響する親の影が重荷にしか感じられなかったが、
30も半ばを過ぎ、変わってきた。

わたしが唯一心を晒す親友の子供を見ていてもそうだ。

私もあれほど嫌がっていた親と同じことをしてしまうだろうなと思う。


いろいろ考えると、子供が成人するまで親は
煙たくてなんぼ、嫌われてなんぼのような気がする。

子供はいつかわかってくれるからね。
その時親がいるかどうかは別として。

親の愛に報いるというのは、難しいものだ・・。
緊急告知・協力求む

昨日の夜書こうと思っていたのですが、腹痛の為に書けなかったので、
本日緊急告知いたします。

ブログ・HPをお持ちの方はご協力ください。

8月中旬から行方が分からなくなっている女子中学生の捜索情報です。

保護者が実際に徳島県・石井警察署に捜索願を出しています。

8月の中旬に徳島の実家から行方不明になっています。

すでに約1ヶ月経過していますが、当時の所持金は2万円程度で、

状況から見て緊急性が高まっています。

中学生の女の子が1か月間暮らせる金額ではありません。

8月12・13に渋谷で目撃されています。

事件詳細に関しましては、こちらをごらん下さい。

リンク先には、ご家族・捜索本部の連絡先が記載されていますので、
お心当たりのある方は、ご連絡をお願いいたします。

重ねてお願いしますが、大変危険な状態です。

私も渋谷で暮らしていることがありましたが、これはまずい状況です。

読者の方で、ブログ・HPをお持ちの方は是非、

同様の告知をお願いいたします。


ご両親が上京し、懸命に捜索なさっています。

東京にお住まいの方でなくてもかまいません。

ご協力をお願いします。
体調不良につき、3日ぶりくらいの更新です。
ペコリ(o_ _)o))

昨日、深夜12時位からまたしても左下腹部に激痛・・。

座っていられないので、横になって体を丸めていたのだが、
脂汗が出てどうしても我慢できないので、近くの大きな病院へ・・。

夜間受付を叩いて、小一時間処置してもらう。
後日検査が必要との事。またか・・_| ̄|○
鎮痛剤を貰い帰宅するが、朝10時ぐらいまで激痛のまま。
土下座するように体を丸めて、やりすごした。

死ぬかと思った。えらい疲れる・・。

午後、近くのスーパーへ。

台風の影響か風が強かったが、ふと見上げるとたくさんの蜻蛉。

たくさんの蜻蛉を見るのは何年ぶりか・・。

最近、いろいろあって考え込むことが多く、風景など目に入らなかったが、
気がつくと9月に入り北関東も秋の気配。

こうやって改めて考えると、人間とは不思議なもので、
気持ちに波紋が広がっていると見えるものも見えなくなり、
感じていたこともわからなくなる。

コロッケの入った袋を持ちながら、とぼとぼと帰宅。

初秋の空が少しだけ高く感じた1日だった。
書くことを決めずに、指の動くままに書いている。

今までテレビを見ていた。

私の大好きな番組「情熱大陸」。
様々なジャンルで活躍する人物を、様々な視点で人生を切り取る。

人物は毎週変わり、ある時は政治家、ある時はシェフ、ある時は農夫。

今週は押切もえだった。
恥ずかしながら初めて知る人物だった。

25歳のモデル。CanCanの専属モデル。
おそらく山田優らと双璧をなすモデルだろう。

私がポートレート専門のカメラマンをやっていた頃は、
長谷川理恵の頃だから、知らなくて当然か・・。
SIHOぐらいまでが限界だ・・。

この番組の素晴らしいところは、その人物が浴びてきた脚光だけではなく、
人物を支えた影の部分を映し出すところ。

ケーブルテレビを見ていた頃も、海外のこういう番組が好きだった。

映画も好きだし、ドラマも面白い。

だが、やはり1番面白いのは人間。
人間は他の人間の生き様を見て、感動し尊敬し、あざ笑い、軽蔑し、
共感し、疑問を持ち、自らの支えとする。


やはり人間はおもしろい。


鈴虫の鳴き声の聞こえる夜の一節。
「義経」を見た。
今日は平家滅亡の壇ノ浦の戦い。
ドラマの中盤を締めくくる回だった。

よく言われることだが、日本人は死にたがると言う。

外国人に言わせれば、ハラキリ・フジヤマ・ゲイシャと言うから、
切腹も有名で知られているだろう。

明治天皇のあとを追い、殉死した乃木大将もいるし、
神風特別攻撃隊なども、外国人には理解不能だろう。

悲しいことだが、特攻隊のことを筑紫哲也の様に「自爆テロ」と言うものもいれば、
「麻薬を打たれたんだ」「鎖で縛り付けられてたに違いない」と言うものもいる。

そういう者にとって、命以上の価値観はないのだろうと思う。

悪いといっているわけではない。人それぞれだから・・。

佐賀の時にも書いたが、そういった価値観と言うものは一朝一夕に作られるものではないから・・。

個人の背景にある思想や文化などのバックボーンに由来するのだろう。

「死して虜囚の辱めを受けず」と言う言葉があるが、
これは明治の西南戦争の際に生まれた言葉。
葉隠の思想を生んだ九州男児の精神が影響しているのかもしれない。

太平洋の戦争中、中国軍が敗れると中国人の敗残兵は一般市民を殺し、
衣服を奪い、一般人に成りすまして逃亡したと言う。
死なないことが、彼らにとっては至上命題というわけだ。

どちらがいいとはいわないが、私としてはやはり日本人の気持ちに強く共感する。

恥を恐れ、恥知らずと言われるのを更に恐れ、
たとえ命を捨てようとも、名誉を守ろうとする。

義経からは、800年。
赤穂浪士から、300年。
土方歳三から、150年。
特攻隊から、60年。

これらの人々が語られ続け、人気を得ていると言うのは、
やはり我々に日本人としての美学が残っているからだろう。

筑紫哲弥には、理解できまい。


ハラキリが外国人に知られるきっかけになった事件がある。

日本にいた外国人公使を攘夷の為と斬殺した10人の武士がいた。
大目付は切腹を命じ、外国人公使も立会いを希望。
1人ずつ腹を切ることになった。

最初の一人目が、腹を一文字に切り、続いて縦にも切った。
いわゆる十文字型の切腹。
当時の通例であれば、刺した時点で介錯し、首を落とすのだが、
彼は介錯人を押しとどめ、自分の腹に手を突っ込み、
腸等のはらわたを自分の手で引きずり出すと、
ハラキリ見学していた外国人公使に飛び掛り、自分のはらわたを口に押し込んだと言う。

あまりの死の壮絶さに外国人は怖気を払い、残りの9人の切腹は取りやめ。
罪を減ぜられた。

これが外国に伝わり、日本人の恐ろしさとして記録される原因となった。

筑紫氏などに言わせれば、テロリストかもしれないが、
少なくとも自分の信念に命を賭けて、押し通したこの人物。

私はこういう人物が大好きだ。
損得を度外視するほど、魅力的で怖い人間はいない。
ちょっと羨ましい・・。
テレビで積木崩しの真相という番組をやっている。
あのドラマからもう23年経ったという。

私は昭和44年生まれ。
校内暴力の末期の頃が、ちょうど中学進学の時期に重なる。

小学3年の時から受験勉強を始めた。
5時から9時ごろまで塾へ行き、
食事をしたら家庭教師に教えてもらい、家庭教師が帰ると、父と勉強した。

同級生はガンダムだの、ベストテンなどのテレビの話をしていたが、
テレビをほとんど見ることが無かったので会話についていけなかった。
プラモデルなどのおもちゃも全て禁止で取り上げられた。

近くの公立中学は荒れていて、いじめられっこがおしっこを飲まされたとか、
裸で公園の木に縛り付けられていたとか、暴走族がどうしたと言う話もよく聞いた。

受験を父が望んだことだったし、言われるままに従っていた。

今考えれば、私のようにぼっーとしている人間では、
公立でいじめられると思ったのだろう。
元々理科系の技術者であった父からしたら、同じ道を歩いて欲しい。
出来なかった夢を継いで欲しいという部分もあったと思う。

ともあれ父の希望通り、受験を目指した。
塾では頭に鉢巻きを巻いて、「中学に受かれば・・」と言われ続けた。

第一希望の明大中野は落ちたが、第二希望の玉川学園には合格した。

父は東京理科大学出身。
玉川学園程度の私に我慢がならなかったのだろう。
中学に入ってからも、事あるごとに責められた。
当時8つ上の姉は大学にも行き、ミス東京のコンテストにも出て自慢の娘。
比べるなと言うのが無理なのだろう。
ましてや、会ったことの無い異母兄弟は当時既に脳外科の医師になっていた。

つまり、サラブレッドの家に生まれた駄馬と言うわけだ。

ぐれる度胸もなく、食事が終わると1人部屋に戻り勉強。
テレビも見ず、音楽も聴かず勉強。
その甲斐あってクラスではトップ、学期末が来るたびに表彰された。
もっとも家で誉められることも無かったが・・。

いまだによく覚えているが、中学の社会科見学でバスに乗った際、
みんなで当時の歌を歌ったのだが、皆が歌う歌を知らず、黙り込んでいた。

当然クラスの中で浮いた存在だし、先輩にも目をつけられる。

ロッカールームで先輩5人に袋叩きにあい、ワイシャツを真っ赤に染めたこともあった。
父に相談したこともあり、「なんとかしてやる」と言われたが、
父が行動を起こした事は無かった。
結局、その5人は1人ずつ自分で袋叩きにした。

その時に「あぁ、家族といえども要求を満たさなければ、希望は与えてもらえない」
と実感した。

高校にあがっても、生活は変わらなかったが、
社会人になった姉が広い世間を知り、父に反発し始めた。

父は家庭内に責める相手を必要とする人間だったので、
姉と私の立場は逆転。

今度は姉が責められ、私が誉められた。

姉の恋愛は父がことごとく潰し、姉は勝手に独立。
父と母が癌を発病。

姉の居場所もわからぬまま、父の田舎に引っ越したが、
半年後「一銭もいらないから東京へ帰る」と言い、
東京で新聞配達をして、1人暮らしを始めた。

いまでも覚えている。
2月の16日。九州の駅で東京に向かうブルートレインに乗り、父に見送られた。
さすがに感傷的になったのか、父が泣いていたが、
「いまさら・・なにを・・・」と思ったものだ。
それが私と父の別れ、以後16年間会っていない。
もう会うことも無いだろう。

父と家族に泣かされ続けた母も他界した。
家族で食事をする機会はもうなくなった。

父は現在78。
親族から近年の写真を見たこともあるが、年老いて別人だった。

今は健康らしいが、癌を患い妻に先立たれ、
金に群がっていた連中にも去られ、今はひとり。
病院には誰も見舞いに来なかったと言う。
ただ世間体を気にする父は「娘息子は立派にやっている」と言っているそうだ。


姉も最近連絡を取るようになっているが、会いたくはないという。

我が家の積木はものの見事に崩れたと言うわけだ。

私の生まれた時、父は42、母は36。
そういえば私は年末に36だ・・。
どんな気持ちでわしを見ていたのだろうか。
両親に対して今はとても感謝している。
丈夫な体に産んでもらい、教育を与えられた。

20代の頃、3年間バイトしていたバイト先の奥さんに、
「あなたは家族や愛情に飢えている。」と言われ、取り乱したことがあった。

あれから十数年たち、自分なりに生きてきて、
欲しいものに手をかけたこともあったが・・。
因果応報とはこのことかもしれない。

どうやら我が家の人間は積木を積むには、不器用すぎるらしい。

しかし、ドラマで思わぬことを思い出した。
幾分胸が詰まり、気分が重い。

まもなく朝の5時。
少しすれば、空が白み始め、夜が明ける。

眠れず、キーボードなどを叩いている。

気ままな仕事をしていた頃は、徹夜もよくしていたものだが、
最近はしていなかった。

なかなか寝付けない。
ひさしぶりだ。

見知らぬ土地に来て、まもなく1年。

こうやって明るくなる空を見ながら、
笑ったこともあれば、考え込むこともあった。

人生と言うのは、一瞬一瞬の決断の積み重ね。
人間関係の積み重ねだが、こうしていると実に感慨深い。



秋になったら、旅にでも出るか。
いやはや男女の垣根というものは乗り越えがたいものらしい。

男性は論理的な思考を得意。ただ論理を飛躍した直感が鈍い。
女性は空間認識能力が苦手だが、浮気を見破る。
お互いがお互いを理解しているようでしていない。
まるで別の生き物のようである。

翡翠という美しい宝石がある。
もともとはカワセミのことで、「翡」がオス、「翠」がメス。

想像上の動物でさえ、性別はある。
「鳳凰」は鳳がオス、凰がメスである。
「麒麟」は麒がオス、麟がメス。

ドラゴンは「龍」と「竜」のふたつの漢字があるが、「龍」がオス、「竜」がメスである。
オスの龍は指が五本だが、メスの竜は指が三本ないし四本である。
清朝以前の中国では、中国の皇帝だけがオスの龍を旗に描くことができた。
皇帝の臣下や属国は、メスの竜を描くことしか許されていなかった。
だから朝鮮や日本で描かれているドラゴンは、五本の指を持つものがない。

オシドリ夫婦と言う言葉もあるが、オシドリは「鴛鴦」と書く。
鴛はオスのオシドリ、鴦はメスのオシドリ。

お互いがお互いの意見を感覚的には理解しつつも、
納得が出来ず衝突し、狼狽する。

狼狽とは、慌てふためきパニックになることだが、
狼はオス、狽はメスの事。

なんにせよ男女の壁は、余程の勢いがなければ、狼でさえ越え難いようである。



最近夜ヒマなのでサイトのリニューアルをしたり、
他のサイトをのぞいたりしている。

ホームページ本館でも恋愛講座を開いているが、
いろんなサイトを見ても、やはり恋愛と言うのは悩みの1大要素のようだ。

目は口ほどに物を言うというが、これは本当のことだ。

ラブラブカップルや新婚夫婦の場合、
パートナーを見た瞬間に瞳、つまり瞳孔に反応が現われる。
相手を見た瞬間一瞬縮みますが、相手がわかるとすぐに拡大。
これは相手を受け入れている証拠。

冷めたカップルの男性の場合、妻を見ても瞳孔は変化しない。
これは自分にとって見慣れたもので今更驚くものではなく、
無関心状態という反応といっていい。

女性の場合は興味深い。
夫を見た瞬間、瞳孔がグッと小さく縮み、そのままの状態を保つ。
これは明らかに夫に嫌悪感を抱き、警戒している証拠。

といっても、修復は可能。

1973年、アメリカの心理学者ケネス・J・ガーゲンが唱えた理論。
光源理論というものがある。

要は簡単である。
暗いところで相手と話せばいい。

暗いところでは、光が少ないため、瞳孔が開く。

相手の開いた瞳を無意識的に見て、好感を持つのである。

バー等の薄暗い照明というのは、この点から由来している。
素敵な夜景も同じ。

暗いところなら瞳孔が開き、お互いに好意を持っていると、
心理的に思い込む。

大学生を利用した実験でも、なんどやっても明るい部屋ではよそよそしく、
暗い部屋ではいちゃつきだすという。

なんにしても「目は口ほどに・・」と言うのは本当。

さてさて、あなたのパートナーの瞳は大きいか?小さいか?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。