御訪問ありがとうございます。 ここでは日頃、感じることを思うまま、ニュース・日常・趣味等をテーマに書いていこうと思います。 HP本館もありますので、是非御来館ください。
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本日衆議院選挙が公示された。

昨年までであれば、都内に住んでいたので朝から晩まで選挙カーの
名前の連呼を聞いたものだが、埼玉は異様に静か。

考えてみれば、東京以外で選挙を体験するのは初めてなので興味深い。

職場などでも選挙の話題で持ちきりだし、
テレビはどのチャンネルでも選挙・選挙だ。

まぁ、とてもいいことだと思う。
バブル前は投票率は70%以上あったが、近年では50%程度。
今回は投票率も上がることだろう。

しかし、地方に来て驚くことがある。
ニュースでもそうだ。

いまだに「議員先生」が地元に対して何をしてくれるのかに期待している。
「民度が低い」「百姓根性」とは言わないが・・。

地元の利益優先なら、県議会等に求めればいいのに、
「おらが村に道路を」「おらの街にも新幹線を」。

まさかとは思うが、ど田舎に住んだまま、
東京と同等のサービスを受けたいのだろうか・・。

東京に限らず都市部の住民は、地方部に比べ収入は多いが、
支出も多く環境もいいとは言えず、それなりの代償を支払っている。
そんなに都合よく都会化したいなら、上京すればいい。

それにしても議員に地元支援を期待している限り、
政治はよくならないはずだよ・・。
鈴木宗男みたいのがいなくなるはずも無い・・。

議会制民主国家として長い歴史を持つイギリスでは、
地元出身者は自分の出身地から立候補できない。
あくまで政策先行にする為だ。

農村を回り、どぶ板選挙している議員にもまともな人はいるだろうが、
政策が見えてこない。
彼らがイギリスのように地元で選挙できなくなったら、
どんな話をするのか拝聴したいものである。

今回の選挙、投票するのは既に決まっている。
「自民党」のほかにありえない。

中国・韓国大好きの民主党には入れるわけには行かないし、
共産党・社民党などははっきり言って正気とは思えない。
どう考えても自民党以外には、怖くて入れられない。


そういえば本日、首相官邸に50代女性が突っ込んだ。
車の中で自殺を図り、重体とのことだ。
この事は深刻な問題だと思う。

左翼の自殺などではない。
そんなことは、どうぞご勝手に・・だ。

あれほどの警備を突破されたことだ。
万が一、あれが自爆テロだったら首相官邸は吹っ飛んでいる。
現時点では、警察が車に対して発砲したとも報道されていない。
裏からの侵入であったが、警官はいたろう。
車は停められずとも、犯人の射殺は出来たはずだ。
こんな警備でいいのだろうか・・。

まぁ、テロのひとつでもあれば自民党圧勝で安心なのだか・・。
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10日ほどお休みいただきましたが、


ブログ再開します。


またよろしくお願いします。
昨夜、知人と福祉について遅くまで話す機会を得た。

身障者の問題や、ボランティア、ホームレス、臓器提供などについて話した。

先日、「臓器」というブログにも書いたが、
我々は福祉問題に対し、目をつぶっているにほぼ等しい。

私のHP本館では「100人の村」や「ガン解析プログラム」をコンテンツとして、
記載している。

ごくまれに興味を持ってくれる人も現われ、問い合わせも受ける。

特に「100人の村」がテレビ放映されると、問い合わせも増える。
検索で100人の村を調べ来てくれる人も急増した。
その直後は・・。

仕方ないことだが、世知辛い世の中では皆忘れていく。
自分や家族・友人に辛い生活を送っていれば、
人の痛みも想像し易いだろうが、健康なものには難しいのだろう。

かといって薄情でもなく、心の中には優しさを持っているものも多い。


以前、駅のホームで車椅子と付き添いの人が、階段の前で立ち往生していた。

本来なら駅員が気付いて行動すればいいのだが、その時は周りにいなかった。
手伝ったが、私と付き添いの人の2人では危険なので、
まわりを見たかが自発的に手伝ってくれる人はいなかった。
「誰か手伝ってー」と大声で言うと、次々に手伝う人が出た。

謙虚なのか、シャイなのか・・。

もともと恥ずかしいことでもないし、やるべきだと思う。
ただ自分から踏み出すのは難しいだろうね。

脇目を振らず改札に向かうサラリーマンも、わたしも、これを読んでいる人も、
明日には半身不随になるかもしれない。
来週にはよだれを流し、トイレも1人で出来なくなるかもしれない。
しかも、脳の中では今と同じ意識をもち続けているにも関わらずにね。

それを考えると、「情けは人の為ならず」というのは、
やはり真実を穿っている言葉なのだとつくづく思った。
本日はお休みだったが、朝7時に起床。
入浴し、体を清め、数ヶ月ぶりにワイシャツに袖を通す。

8時過ぎに靖国に向け、出発する。
新宿行きの直通電車に乗る。

1時間後、池袋に停車。
車内から大きくサンシャインビルが見える。
ご存じない方もいるかもしれないが、
サンシャインは巣鴨プリズンの跡地に建てられている。
A級戦犯と言われている方々が囚われていた場所だ。

10時ごろ、九段に到着。
小一時間行列に並び、参拝。

昨年埼玉に来るまではよく参拝していた。
特にカメラマンをしていた頃は、靖国のすぐそばの武道館北の丸公園を
利用していたので、毎月のように立ち寄っていた。
今回の参拝は約1年ぶり。

参拝に際し、親族の戦没者、伯父・大叔父ら黙祷をささげ、冥福を祈る。

次に、A級戦犯と呼ばれる東條英機・板垣征四郎らに、
「ご苦労様でした。安らかにお眠りください。ありがとうございました」
と、心の中から祈る。

暑さのあまり、自宅に直帰する。


私の意見を述べるが、彼らは戦犯などではない。
彼らを戦犯と言うのならば、トルーマン・チャーチル・毛沢東も同罪ではないか。

靖国は戦没者を祭る社だ。
正確に言うならば、国のために「公務死」したものを祀っている。

彼らが有罪であるのならば、それはあくまでも「日本国民」に対してのみだ。
敗北し、国民に多数の犠牲者を出したことに関して、
政治遂行責任者としては有罪だろう。
但し諸外国に対してはあくまでも「無罪」だ。

重ねて言う。彼らは戦犯ではない。


有罪と言う方には、事後法は国際法に反するって知ってますか? 
A級戦犯は赦免されてるって知ってますか? 
4000万人の署名運動があったことは知ってますか?と問いたい。

よく日本は講和条約で判決を受諾していると言われるが、
条約に中国などは批准してなかったと思うけどね。


本日は韓国にとっては開放記念日。
北朝鮮の代表も参加し、開放を祝い、統一を誓った。


( ̄_J ̄)ん?


北朝鮮は朝鮮戦争において、戦争の口火を切ったことに対して謝罪していないよね。
同族に対して虐殺を行なっているにも関わらず・・。
何百人も拉致しているにも関わらず・・・。

十数回も謝罪している日本は許さず、謝罪していない北朝鮮とは、
手に手を取って統一ですか・・。

もういいですよ。
反米も高まっているなら、米軍も引き上げて、統一でもすればいい。
統一後、アジア最貧国になっても頑張ってください。

ただし、都合のいいときだけ日本の援助を期待しないでね♪
明日は戦後60回目の終戦記念日。

敢えて言うのなら「敗戦記念日」である。

まもなく衆議院の選挙戦もあり、自民党も内紛の最中。
4月には中国で大規模な反日デモもあった。

明日おそらく小泉さんは靖国に参拝しないだろうし思う。

本来であれば公約でもあることだし、参拝すべきではあろうが、
選挙への戦略としてこの時期は避けたほうが賢明だとおもう。

選挙、終戦記念日等を控えている為か、
テレビなどで関連番組の放映が多い。

民主党岡田党首は、今朝の番組の中で自民党の例の公認問題を非難していた。

私が感じるに、当然と思っている。
自民党の公約であったし、その公認を掲げていた以上、
党議拘束は当然であるし、亀井氏などは総裁選の際小泉についていたではないか。

「党の公約も守りたくないし、政策には反対。でも票は欲しい」

こんな虫のいい話はないだろう。
新党でもつくればいいさ。

岡田氏の民主党構想の中では、政権を取った際に、
靖国参拝をしないことを条件に内閣入閣を考えると言う。

これは党議拘束や、政策拘束を上回る暴論ではないか。
思想拘束ではないだろうか。

民主党岡田氏の実家は、言わずと知れたスーパー、ジャスコの経営陣。
順調に中国での売上を伸ばしている。

実家のために中国の如き共産国家に擦り寄り、
日本を弱体化させる政治家の言うことなど、少なくとも私の耳には入らない。
昨夜4時過ぎに眠りにつき、夢を見た。



父の実家。大分県の山の中にある小さな集落の夢。

父の実家には、畑があり、蔵の横には井戸もあり、
小学生の頃、夏休みに訪れると井戸が珍しく、随分と遊んだものだ。



ハッと目が覚め、午前6時前。



カーテンを開けると、既に明るい夏の空。
少しだけ雲が高い。

テレビで夏休み夏休みと連呼しているせいの夢かもしれない。


最後に父の実家を訪れたのは、中2だったかな。


あと4ヶ月、クリスマスが来れば私も36。

考えてみると、夏休みにもう何年も出かけていない。

そもそも私は仕事がらみ以外の旅行というものをしたことがない。
海外にも行ったし、国内もあちこち行った。
すべて仕事でだが・・。

私は地方出身者の両親を持ち、品川区生まれ。
父とは19歳以来絶縁し逢っていない。
母は他界している。


夏休みやクリスマスになると、ふと気がつく。


私には帰る場所も、帰るべき場所もない。

そもそも故郷と言うものが無い。

親許を離れ独立してからも、殆んどの期間1人だったし、今も1人。

違いは愛犬ジュエルの存在くらいか・・。


儚むでもなく、落ち込むでもなく、悲しむでもなく、
ふとそんな当たり前のことに気がついた。


今日も暑くなりそうだ。
今日、佐賀の友人より荷物が届いた。

佐賀県の名産の梨と巨峰であった。
スーパーで買うものよりも二まわりほど大きく、
いや、おいしいのなんのって!!

感謝感謝。秋になったらこっちの名産を送ります。


佐賀県といえば、佐賀鍋島藩。
鍋島藩士といえば、薩摩・会津・三河と並び、日本を代表する剽悍な侍である。

佐賀藩で江戸時代に教科書的読み物といえば、葉隠。

葉隠の表紙には次の言葉がしたためられている。

一、武士道においておくれ取り申すまじき事。
二、主君の御用に立つべき事。
三、親に孝行仕るべき事。
四、大慈悲を起し人の為になるべき事。

侍としておくれを取らず、主君に忠実に尽くし、親孝行をし、情けの心で人に尽くせ。
と、そういう意味である。

またあまりにも有名なフレーズだが、
「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉も葉隠のものである。

この言葉はニュアンスでは分かっていても、意味を把握していない人が多い気がする。

私なりの解釈で言うのならば、
「生きるか死ぬか、迷う局面になったら迷わず死ぬほうを選べ」と言う意味だ。

何故か・・。

その時に死んでおけば、のちにどんな状況になろうとも、
「あいつは命が惜しくておめおめと・・・」と卑怯者呼ばわりされない為である。

かつての日本人は自分自身の消滅よりも、恥を恐れる国民だったと言うことだ。

佐賀藩士は朝起きるたびに自分が死ぬ時を想像したと言う。
いざ死ぬ時に不様な様を晒さないようにとの、イメージトレーニングである。

それを鑑みるに今の日本は・・。

東アジアの選挙もしたことの無いような国に恫喝され、
先人の眠る靖国に手を合わせることも出来ない。

以前、タクシーの老運転手と話し込んだことがある。
彼は戦争も知る世代。
タクシーが靖国神社に着き、礼を言って降りる時、
「この国は恥知らずの国になってしまいましたよ。もう日本ではありません。」
と彼が漏らした言葉が、いまだ私の耳に残る。

快挙である。
私が以前住んでいた東京都杉並区で、扶桑社教科書を採択した。

左翼勢力の強い地域というのは、全国にある。

沖縄・広島・大阪等など・・。
広島の原爆追悼の周囲などははっきり言って「反米集会ですか」と思うほどだ。

杉並も左翼勢力が強いようで、「中国の反日デモと連携しよう」と書かれたポスターなどもあるという。

その杉並が扶桑社の教科書を採択するということの意味は非常に大きいというべきでしょう。
日本が自虐史観から脱却し、現実を見つめる転機になることを心より願います。


愛媛では、市民団代が教科書採択に対して仮差し止め申し立てをしていたが、
「申立人らの歴史観、信念と異なる教科書を採用されることに対する憤慨に過ぎない」として却下した。


パチパチパチ o(^ー^)o☆o(^ー^)oパチパチパチ


自分たちの思い通りにならないと、メガホン・拡声器を持ち、
正しいのは自分たち、意に添わないのは全て敵。
足をジタバタしてる駄々っ子のようです。

子供さんたちと一緒に、中学からやり直したらいかがだろう?
私のホームページ本館も早1年半になる。
単なる日記コーナーが、ブログに模様替えして半年経った。

色々なブログを書き、賛同を得る時もあれば、非難されることもある。

別に自分の考えを言っているだけで、布教活動しているわけでもない。

先日、原爆についての記事を書き、今までで1番の書き込みを頂いている。
感謝感謝である。

わしは恐らくタカ派、武力否定派の皆さんはハト派かな。

いっせーのせっで、武器を捨てられればいいだろうが、
武力を背景にしている国ほど「お前が捨てたのを見届けたら、捨ててもいい」と思うことだろう。

歴史が証明しているように、ほぼ現実不可能だ。
努力は続けるべきではあるとは思うが・・。

アメリカを非難し、自衛隊などの非難・否定する人もいる。

そういう方と話すたびに、いつも同じ問いかけをする。

「安保を破棄し、自衛隊を廃止してもいいが、他国から攻撃されたらどうするのか」

大抵の人は、ここで問題のすり替えをする。
少なくとも私にはそう感じられる。

マスコミの影響も大きいだろう。
朝日新聞・テレビ朝日は、反日というか中共寄り、TBSは反米がそのスタンス。

彼らは9条の力のみで、60年間平和が保たれたとでも本気で思っているのだろうか。

もしそうだとするなら、左より勢力による日本の弱体化はまんまと成功していることになる。
最近、戦争について考えている。
仕事しながら、「φ( ̄_ ̄;) うーん  わしって間違ってるのかなぁ」とか、
「やっぱり間違ってるとも思えん」
とか考えてもいる。

以前、カメラマンの仕事をしていた時、私が師事していた師匠が、
コスタリカにスタジオを作り、1年足らずの間暮らしていた。

アメリカのヒューストンで飛行機を乗り換え、初めて訪れた。
素晴らしい国だった。

まさに中米の宝石のような国だと感じました。

国土の約24%が国立公園・保護区であり、
国家予算の21%が教育費にまわされ教育にも熱心、
そして、世界で唯一の非武装永世中立国でもあります。

コスタリカにある武力はせいぜい、警察隊の自動小銃程度だと思う。

他の中米を訪ねる事もあった。
ニカラグア・ホンジュラス・そして悪名高いエルサルバドル。

日本人の私から見ると、やはり貧しい国だった。
コスタリカでも国立劇場のある大通りでも、午後4時を過ぎると、
危険といわれ強盗の話もわりとよく聞いた。

ビザの関係でアメリカとコスタリカを行き来していたが、
アメリカでも数ドルのために人を撃つ者がいる。

アフリカなどでは、もっと貧しく絶望的な国も多いだろう。

北朝鮮では、真偽の程は確かめようも無いが、飢饉が訪れた際に
子供をよその家庭と交換したという話を聞いた。
食べるものが無く、かといって自分の子供を食べるのは忍びない。
だから子供を交換して、文字通り「喰う」のだという。

貧しさを誇張する為の噂であったらいいと願う。
が、本当ではないかと思える悲惨な話だ。

私だけが無慈悲な人間なのかもしれないが、
人間というものは自分自身が満ち足りた時に、はじめて余裕が生まれると思う。
(ここでいう満ちたりるとはセレブな生活とかではなくて、
ご飯が食べれるとか、屋根の下で眠れるとか、
自分の子供を食わせていけるという程度のものとします)

何日も食事できず、雨風もしのげず、子供も満足させられない・・。
そんな悲惨な状況の国はたくさんある。

ホームページ本館の100人の村コーナーでも紹介している。
我々は世界63億の中では、恵まれすぎるほど恵まれた人間。

私たちは最貧国の人たちの心情は察する事は出来ても、
真の理解は難しい。

「食い物をくれ」「水をよこせ」と口にしている人々に人を思いやる気持ちは、
おきにくいだろうし、
自分の娘を人買いに売る親は、生きるのに必死で人のことまでは考えられないだろう。

国連憲章かなにかに「人間は平等である」といったようなことはあるが、
現実には難しい。

日本・アメリカ・ヨーロッパが富を手放し、世界の経済レベルを平均化させても、
食料の問題や、水、土地、そして宗教問題で紛争はおき続けるだろう。

以前、数年間フォスタープランに参加していた。
月々5000円を貧しい国に送り、役立てるシステムだ。
フォスター・チャイルドといわれる私が担当する子供からは、
年に1度程度手紙が来る。

が、生活が苦しくなり、やめてしまっていた。
まぁ、正直自分の食い扶持を優先したといっていいだろう・・。

今年から、フォスタープランのマンスリープランに再加入した。
1人の子供を担当できないが、月1000円から始められる。

「焼け石に水だな」と感じる日もあるし、「やらないよりはいい」という日もある。

世界の人々の心に余裕を持たせる方法・・。

多分無いだろうが、今しばらくは考えよう・・。

フォスタープランに関しては、本館トップページからどうぞ。
先日、原爆についてのブログを書き、そのコメント欄に、
「さびしい人ですね」というコメントを頂きました。
詳しくは8/7の日記をお読みください。

そのコメントへの私なりの意見が8/7のブログでした。

そのコメントを書いてくれた同じ方(同じPCアドレスの方)から、再びコメントを頂きました。
紹介します。以下のようなものでした。

「いろいろな方のご意見読ませていただきました。
でも、論点が二つあって、一緒に議論するのは平行線のような気がします。
それは、「戦争が起こる前に何をすべきか」と「戦争がもし起こったら何をすべきか」です。

山手さんは後者の議論に傾注しすぎているように感じます。
今は前者の時なのですから、「いかに戦争を食い止めるか」に集中すべきでしょう。

国は改憲などして、軍国体制にもっていこうとしているのですから。
それが山手さんの言う、戦争が起こった場合の準備をしておくということなのかもしれませんが、
私は反対です。
戦争が起こったら、敵も味方もありません。
すべてを焼き尽くすまでです。人も自然もめちゃくちゃです。

そのような世界にならないために、英知を出し合い、
以前の戦争は人類の汚点なのだと反省の上に全員が考えていかなくてはなりません。

祈りは行動となり、強い意志は国を変えさせる力を持つべきです。
理想なき現実はありえません。
戦争の準備をしていたら、戦争は必ず起きるでしょう。」
という熱いコメントを頂きました。


ありがとうございます。


これよりあなたの意見に対しての、私が感じたことを述べさせていただきます。


たしかにあなたの言われるとおり、スタンス・立場の違いがありますので、
話は平行線のままかもしれませんが、敢えて述べさせていただきます。


もちろん、あなたの言うように戦争は悲劇です。
がしかし、今までの日記を読んでいただければわかっていただけると思うのですが、
私は別に「戦争は素晴らしい」とか「こっちからドンドン攻めろ」と、
言っているわけではありません。

違いは、ただ1つ戦争という悲劇に対しての対応策です。

では、意見を書きます。

コメントを書いてくれた方は沖縄の方ですので、
きっと戦争の辛さが身に沁みているのだと思います。
お察しします。

わかりやすくする為に戦争という言葉を別の言葉に置き換えて、
考えてみました。

例えば「火事」に置き換えてみましょうか?

「火事が起こる前に何をすべきか」と「火事がもし起こったら何をすべきか」
というスタンスの違いからくる問題提起になりますね。

火事になったら、あなたのいう全ての焼き尽くす悲劇という点には、
まったく異論はありません。
仰るとおりです。

火事は起こすべきではありませんよね。

当然、火の使用に気をつけて、「火の用心」を心がけるべきです。
ライターやガスレンジの使用には、注意を払うべきでしょう。
寝煙草もしないようにしなくてはいけません。

きっとそうすることで火事は減ることでしょう。


では、視点を変えましょう。

出火原因の1位はなにかをご存知ですか?

それは、放火です。
火事の原因の28パーセント、つまり約3分の1は火の扱いに不備がないのに、
家に誰かが火をつけているのです。

次に火事による死者の死亡原因を見てみましょう。

第1位・発見が遅れ気がついたときには逃げ道がなかった。24.3%
第2位・ほとんど非難できなかった。16%
第3位・逃げる機会がなかった。9.5%
第4位・逃げ切れなかった。19.5%。
(以下省略。平成14年総務省消防庁データより)

70%の人たちは、逃げ切れずに亡くなっています。
おそらく火の用心をしていたにも関わらず・・。

そして3分の1の人たちは、人に火をつけられて焼き殺されている。
おそらく火の用心をしていたにも関わらず・・。

他にも隣の家の火事に巻き込まれて、延焼するケースも多いでしょう。
おそらく火の用心をしていたにも関わらず・・。


一方で、確か今年から改築・新築する家には火災探知機を設置することが、
法整備により義務化されました。

ビルにはスプリンクラーがあり、見回せば消火栓があり、消火器もあります。
手におえなくなったら、消防団・消防署が駆けつけますよね。

そして賃貸の部屋に入居する際には、殆んどの場合、火災保険への加入を
大家さんに義務づけられています。


これを世間一般では、「備え」といいますね。


火事は悲劇です。火事を出したくないし、巻き込まれたくありません。
誰しもがです・・。

そして火の用心にも気を使いつつ、「備え」ているわけです。

火に気をつけ、放火に気をつけても、火事は起き、人は死んでいますね。

私の感覚では、消火器・消防署・火災保険は必要な備えです。

いくら気をつけても火事は起きる。

数が減っても火事が起きる以上、備えは必要だと思いませんか。


火の用心を心がけて、みんなが注意していたら火事は起きませんか?
もし放火され、家族が炎の中から叫び声が聞こえてきた時、
「あぁ、もっと備えておくべきだった」と感じませんか?
「火事は全て焼き尽くす。出火原因は別に関係ない」と思いますか?

もし私なら、備えなかったことに対して一生後悔し続けるでしょう。

火事は無くなりますか?

おそらく今後何世紀も火事は起き続けるでしょう。
それでも備えは不要ですか?

私は必要だと思います。


では、再び言葉を置き換えましょう。

人類は現在まで、戦争を放棄できていません。
現在も紛争中の国はたくさんあります。

「火の用心」を心がけていれば、戦争はおきませんか?
備えは不要ですか?


確かにあなたの言うように、戦争放棄を目指すべきです。
では、先日コメントで私がお聞きした質問にお答えください。

抽象的なものではなく、具体案を教えてください。

実現可能な具体案無く、抽象的な次善策に頼る事は、
私の感覚では、「浮世離れ」しています。
無責任かなとも感じます。


具体案をお願いします。



私に2つのコメントをくれた沖縄の方へ。
是非コメントをお待ちしています。




補足。

国が軍国主義に持っていこうと感じていらっしゃるようですが、
ご存知の通り、日本は議会制民主主義国家です。
もし日本がそうなっているのなら、(私は当然の備えであって軍国化と感じませんが)
それは選挙による国民の総意だと思っています。

もし反対なら、共産党なりに投票すればいいだけです。
それが民主主義の多数決の論理です。

ちなみに共産党などは今でこそ自衛隊反対ですが、
戦後間もない頃は自衛隊創立に諸手をあげて賛成していたはずですけれど・・。
私の財布には1枚の黄色いカードが入っている。

臓器提供のカードだ。
1998年にサインした。

私が脳死に至った際に、角膜以外の臓器全てを提供すると明記してある。

可能であるのなら、献体もしたいと思っている。

内臓だけでなく、使える物なら骨も皮膚も使ってもらいたいと思っているし、
使えなくても外科の研修医の練習台ぐらいにはなるだろうと思っている。

私は散々世間の皆さんに迷惑を掛けている人間なので、
役に立つなら棺おけは空っぽで構わない。


本日、テレビ朝日のテレビの力という番組を見た。
17歳の心臓疾患を持つ少女の話。

彼女の事はネットで知っていた。
両親の募金活動では、4000万しか集まらず、
渡米して手術する為に必要な1億円には届かなかった。

が、テレビで協力をお願いすると、20万人以上が募金を行い、
必要額に1日で達し、渡米・手術できることになった。

番組では、手術に密着取材を行い、成功し経過は良好であるという。

年取ったせいか、番組を見てポロポロないてしまっていた。
本当によかったと思う・・。


だが、いつも思うことがある。

臓器移植、特に心臓移植は日本では困難だ。

脳死判定・脳死を死として認めるべきかが障害となっている。
記憶が曖昧で申し訳ないが、アメリカでは年間1000件以上移植が行なわれていたはずだったと思う。
確か日本では数件である。

それこそ脳死判定による移植はニュースで流れるほどだ・・。


今回の少女は助かった。

が、同じ思いをしている人間は日本にも多くいるはずだと思う・・。

しかし、脳死した人間の親族の気持ちもある・・。


たしかスペインなどのヨーロッパの国、数カ国では、
成人に達した人間には、死後臓器移植するかしないかの通知が行く。
拒否はできるが、返信しないものは了承したものとして提供候補者になる。

日本で同じ事を行なえば、今回の少女のように破格の費用も必要としないし、
助かる確率も跳ね上がるだろう。

が、提供者の遺族が了承するかどうか・・。

郵政の問題も結構だが、こういうことも1度国民に問うことも必要だと思っている。
先日、原爆についてのブログを書き、トラックバックもさせていただきました。

多くの方にコメント・トラックバックも頂き、感謝しております。

そのなかに「さびしい人ですね」というコメントを頂きました。

内容は、
「あなたの言ってることは、だいたい当たっています。
戦争に善悪はないし、現実戦争が起こった場合、
間違いなく多くの人は悩みながらもあなたの言うような行動をとる人は多いでしょう。
しかし、戦争が起こった場合の現実というものを
本当に「現実のこととして」想像できているのでしょうか?
常に我々は、アメリカなどの「攻める側」からの戦争の映像を見ることが多く、
「攻められる側」の映像を見ることはありません。
戦争が起こればその現実は、火の玉が降ってくる、
自身の体が焼け焦げていく、目の前で肉親が殺される・レイプされる、わが子を殺す・・・・。
それが現実です。沖縄戦では、集団自決や日本軍に殺された住民も数多くいました。
そんな状況を考えた時「やる側」に立つ選択しか考えないというのでは、
さびしすぎます。
こんなに知恵も知識もある人間が、
武力でしか物事の解決手段がないとしか考えられないのでしょうか?
平和ボケだの能天気だの言ってるひまがあったら、
いかにすればこの世から核の廃絶ができるのか、
どうすれば戦争を起こさずにすむのかを知恵をしぼるべきでしょう。
あなたのような人が、この日本にいるようでは小泉も自信をもってブッシュとラブラブし続けるでしょうね。」
というものでした。

ちょっと話が脇を逸れますが、私の父は昭和2年生まれ。
戦争末期には東京にいたそうで、空襲も体験していますし、学徒出陣の危険性もありました。
現に父は5人兄弟ですが、生き残っているのは父ともう1人だけ。
残りの3人は南方戦線で戦死しています。
帰ってきた骨壷には、骨は無く、煙草入れ1個が入れてあったそうです。

母は昭和8年生まれ。樺太からの引揚者です。
ロシアが宣戦布告して、内地に引き上げる際に、叔母は暴行寸前までの目にあっていますし、
1番若い伯父のために缶詰に麦をいれ、ろうそくの炎でかゆを作って、
食べさせたそうです。

父や母が被害者なら、父の伯父は加害者だったかも知れません。
帝国海軍中将であり、ミッドウェーにも参加し、戦争の歴史の本にも登場し、
天皇から勲2等の勲章も頂いている軍人ですから・・。
引き金を引かずとも、何千人の米兵を殺したことでしょう。

被爆者の身内もいます。癌に苦しみぬき、亡くなりました。

あなたは攻める立場でしか私が語っていないと仰っていますが、
わたしは攻める立場のみで語っているつもりはありません。
彼ら生き残りの人間に躾けられ、教えられて成長してきました。

北朝鮮は核開発、中国は防衛費2ケタアップが10年以上続き、
陸軍は世界一、保持している核兵器は300発近い・・。

この現実から見れば、加害者というより、被害者になる確率が大きいと思っています。

ですから尚更、現実的な対応が必要だと思っているだけです。

4大文明以前の時代から、人間は殺しあい、戦争の無い世紀はありませんでした。

もちろん戦争廃絶は目指すべきですが、出来ない時の対応も考えるのが、
現実的だと思います。

家に泥棒が入って欲しくないと思っても、泥棒はなくなりません。
泥棒になりそうな人を無くす方法は、現実的には無理だと思います。
ならば家にかぎをかけ、警備システムを入れる。
これが現実的な対応だと思っています。

もし泥棒に出会ったときに、「あなたは悪くない。どうぞ好きなものをお持ちになって♪」
とでも言うべきなのでしょうか。

いくら大声で「戦争廃絶」と叫んでも、戦争はなくなりません。
現に今までに廃絶されていません。

暗愚な私には戦争廃絶する具体案が浮かびません。
是非、その具体案をご教授していただき、どう行使していくべきなのかを
お導き頂きたいと思います。

エチオピア国境では民族紛争で数万人単位の虐殺も行なわれています。
AK47自動小銃を持ち、虐殺を続ける彼らにどう言ったら、
今後の被害者がなくなるのでしょうか?

付け加えさせていただくのなら、現実にある問題の対策に、
寂しいも悲しいも無いと思います。

現実はただそこにあるだけですから・・。
先日「朝まで生テレビ」を久しぶりに見た。

第2弾だったが、60年前の戦争で帝国軍人として戦火に身を投じた方々が、
出演なさっていた。

陸軍・海軍ともに5人ずつ出演し、当時の様子を語っておられた。

インド戦線で中共・英国軍と戦った者。
南方戦線で悲惨な戦いを経験した者。
ミッドウェーに参加し、未だに海戦敗北を悔いる者。
特攻隊の生き残り。

私の祖母・祖父は、子供の頃に亡くなっていたので、
そういう方たちの語る話は、真実味に溢れ、心をうたれた。

彼らが異口同音にいうのは、あの戦いは間違いであったかも知れないが、
当時としては不可避であり、止むを得ない一面が大きく、
現在の価値観では理解できないだろうということであった。

さもあろう・・。

女性タレントが無謀な作戦について聞いた時に、
「何故、そんなことはおかしいと声をあげなかったのか」と言っていた。

戦後も60年も経つと、そういう人物が出てくる・・。

兵士に必要なのは勤勉さと、忠実さ、そして勇気だろう。

そもそも軍人とは、殺せと命令を受ければ、
自分の意見には関係なく、相手を殺さねばならない職業だ。
そこで相手を殺す必要が無くとも、戦略的に考えれば、
後々自分たちの不利を招くことも充分ありえる。

戦時に「自分は人を殺したくない」というのは自由だが、
結果的に味方の被害を招くことになるだろう。

かつてドイツがドイツ労働者党ことナチス党の指揮下にあった時、
有識者やユダヤ人は、英国やアメリカに逃れ亡命した。
当時の日本で本当に反戦の者がいたのなら、
亡命するべきだったのではないかと思う。

被爆者の悲しみも、かつて兵士だった老兵の憤りも真実。

1人の老人が、「このままでは日本は滅びる。私達が次の世代の為に戦ったように、
あなたたちが日本の為に頑張って欲しい」とスタジオの若者に語りかけていた姿に心打たれた。

先ほどのコメンテーターが、老兵が「御国の為」というたびに、
「国とは、なんですか。天皇の為ですか」と因縁をつける姿とは好対照の清清しさだった。

昨夜、原爆投下についての日記を書いた。

他の方の書いたブログもたくさん読ませていただいた。
読んでいて思ったことをいくつか・・。

女性や若い世代の方のブログを読むと、
「2度とあんなことがおきませんように」とか、
「戦争なんか絶対しない」的な発言が多い・・というか、ほとんどそうだ。

感覚としてはまともだとは思います。

ただ理想主義というか、単なる現実逃避のような印象を受けましたね。

どんなに核兵器はよくないといっても、数千発の原水爆は今もあるし、
これから作ろうという国さえある。

なくなれーと祈っても消えはしないし、平和になれーといっても、
戦争がなくなるはずも無い。
現に戦争の無かった世紀が一度でもあった?
無いでしょう。

なら現実的に対応すべきだと思う。

日本人は無菌培養されすぎて、物事を善悪で見すぎる。

善悪などで世界は動いていない。
弱肉強食だ。
強い奴が正しく、弱い奴が間違っている。

歴史を見れば、よくわかる。
歴史を作るものは常に勝者、強いものたちだ。
これは何千年経とうと変わらないだろう。

傷つきたくなければ、傷つけるほうに回るしかない。
不本意であろうと無かろうとね。

なくなれなくなれと言っている女子供は、
目の前に利益の為なら命を奪うことを躊躇わない存在が立ちふさがった時、
どうするんだろうね。

「暴力反対です」とでも言って、犯され殺されるがままなのだろうか。

北を見れば、核兵器開発中。
更に北の中国には核兵器が300発。

日本人が「武力放棄します」なんて発言したら、さぞよろこぶだろう。
本日、TBSが戦後60年番組として、原爆投下に関する3時間の特番を放送した。

原爆被害者の意見、原爆投下のリアルな再現が主なものだった。

番組の後半、原爆を開発し、実際に投下に立会い、その模様を撮影した科学者が、
広島を訪ね、被爆者2人と面談した。

被爆者の老人は「死んでいったものたちへ詫びて欲しい」と思い、
科学者は「詫びるつもりは無く、悪いとは思っていない」と意見を述べた。

おそらく年齢が高いものほど、反感とともに怒りを覚えたことだろう。

TBSには失礼だが、番組自体がそういう心象を抱かせるように視聴者を誘導している。
音楽・映像を利用し、悲惨さを訴え、被害は食い止められたと声高な番組編集だった。


意図的なものを感じ、現実的ではない理想主義のようだ。


私は60年経った今、広島を敢えて訪ねた彼の勇気に驚くし、
彼はなにも間違っていないと思う。


違いは、彼は武器をもっている集団に属し、我々は属していなかったという点のみだ。


「原爆など作らなければよかった」「落とすべきではなかった・・」

これはまさに理想主義というべきだろう。

当時、日本のみが原爆をもっている状況ならば、当然連合軍に対して使用しただろうし、
それが戦争というものだ。

物事は善悪などで動いた事は歴史上1度も無いと思っている。
全ては国や個人の力関係、因果関係で形作られていると思う。

戦争である以上、相手を殲滅・無力化させることが至上命題だろう。
原爆開発者が責められる事自体が、ナンセンスとしか思えない。

原爆や戦争が素晴らしいといっているのではない。

だが、現実にそこにあるものに対して「いやだいやだ」言っても解決はしない。

戦争被害が嫌ならば、殆んどのアジアのように西欧列強の支配を受けるしかなかった。

被害も嫌だし、従属もしたくないというのは女子供の論理だ。

現実に現在も原爆もあるし、戦争も行なわれている。

現実的な判断としては、戦争に巻き込まれないようにする。
が、せざるを得なくなったら勝者を目指し、
それがかなわないなら負けない努力をする。
それが現実的な判断というものだ。

善悪は関係ない。

強さというのは、正しいという意味ではない。
自分の望むものを他者を押しのけてでも、手に入れる意思の事だ。

ならば強くなるしかない。
なぜなら、殺し合いの無い世界など歴史上1度も無かったし、
これからも永遠に来ないからだ。


あの番組は現在のアメリカや日本に批判的だったが、
今この世で自衛手段・やり返す力を否定するというのは、
得体の知れない村人の中で鍵もかけず武器も持たない能天気な馬鹿のことだ。


万が一、日本が戦争に巻き込まれ、私に原爆の引き金が渡されれば、
敵国に対してためらい無く引き金を引くだろうし、
引ける人間でありたい。

私の後ろに女房子供・親族・友人がいる限り、
彼らの敵を殲滅するのに、なんの後悔・悩みも持たない。
相手が何万人だろうと、私には家族友人の生を選ぶだろう。

開発者の彼も時代をさかのぼり、当時に戻れば
例え結果を知っていたとしても、ためらいも無く引き金を引くことだろう。
そしてそれは悪いことではない。

ちなみに私には、原爆被爆者の親族が2人いる。
うち1人は後遺症で死んでいる。
TVタックルを見た。

途中からだったが、今日のテーマは6カ国協議。

前進しない拉致問題についてだった。


自民党議員は経済封鎖をするべきといい、
民主党議員はなにか北朝鮮に態度軟化を狙って贈り物をと言っていた。


もちろん拉致問題は解決すべき問題だと思う。

しかし、当然被害者家族と我々立場は違う。

被害者家族であれば、北朝鮮に斬り込んででも取り返したいと思うだろう。
家族として当然だと思う。

では、我々は?

子がいる親なら彼らの気持ちは理解できる。
万が一、北との交渉が揉め、経済封鎖となれば、北も硬化するだろうし、
太陽政策の韓国も当然反発、東アジアの覇権を握りたい中国も敵方だろう。
中国との全面対決は、アメリカも避けるだろうし、
とすれば、頼りになるのは自国のみ。

万が一、北と交戦状態になったときに、彼ら拉致被害者を取り戻す為に、
我々の子供を危険にさらせるのかと思う。

危険は冒したくない、しかし取り戻したい・・。

もちろん、正論だが、相手はヤクザみたいなものだ。

彼らを本当に守るなら、「やれるものなら日本人を皆殺しにしてみろ」というような
覚悟を相手に突きつける必要があるだろう。

その覚悟があるのなら、期限を切って、
「この日までに返さないのなら、9条を破棄し、核武装も厭わない」程度の
強固なる意思を見せなくてはならないと思う。

その覚悟が無いのなら、彼らを見捨て、
「同胞を見捨てる国」という汚名を背負う覚悟をしなくてはならないだろう。

痛い・・・・熱もあったので、久しぶりに休んだ・・。

身動きできず、痛みが引いたら腹減った・・。

うなされながら、柿の夢を見た。

後2ヶ月たてば、柿の季節だ。

待ち遠しい・・。
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